4‐6 再会
扉がノックされたとき、サナは妙に冷静な自分に驚いた。
感覚が研ぎ澄まされている。
ロードンと一緒にいた頃を思い出す。一瞬の油断がそのまま死に繋がっていたあの頃。
今、サナは——
恐れていない。
慌てていない。
迷っていない。
「はーい」
扉の向こうへ意識的に緊張感がない返事をした。
何も返ってこない。
そこで更に声を掛ける。
「ギルテ? ちょっと待ってね。鍵を開けるから」
やはり何も返ってこない。
サナは確信した。
扉の向こうにいるのはギルテじゃない。
扉に鍵を掛けた事などなかったのだから。
サナは扉に走り寄り、開錠するような音だけ立てた。
「どうぞー」
この言葉を言った瞬間、飛び退くように扉と対面する壁際へ逃げた。ロードンに鍛えられた運動神経は、まだまだ衰えていない。
扉がゆっくり開いていく。
サナは背中を壁に押し付ける。
扉側の壁や台の上に置いていた花達が、みるみる腐っていったから。
腐る花の範囲で、自分の生死を分ける境界の距離を計算する。
あの夜、こそ泥が死んだ位置と自分が立っていた位置、周囲の植物の腐った範囲などの記憶で計算した距離を少し修正した。
サナは、エプロンのポケットからガラス瓶を二つ取り出した。赤い液体が入っている瓶と黄色い液体の瓶。 赤の瓶はポケットに戻し、黄色の瓶を開けると一気に飲んだ。
どちらも一本ずつしか完成していない。予備はない。
扉が完全に開いた。
そこには美しい少女が立っている。
真っ黒い髪、赤黒いローブ、赤い瞳。
あいつだ。
顔も体格も五年前より大人に近付いてはいるが、間違いない。
そう……、間違いない。
少女はしばらく動かず小屋の中を見ていたが一歩、また一歩とサナへ足を進めはじめた。その度に、腐る花の範囲もサナに迫る。
まだ大丈夫。届かないわ。
サナは少女と眼を合わせたまま、指を動かした。
足元の鉢植え。その右足側。
鉢植えの底から天井へ、細い金属製の糸をサナは張っていた。
指先で触れて、位置を確認する。
次に床へ眼を遣る。
小屋のほぼ中央に、大型の作業台を二つ並べていた。こちらに来るには作業台の間の人一人分の隙間を通るしかない。
その通路の床面の一ヶ所にサナは蝋燭の蝋を垂らし、目印を作っていた。
目印と少女の距離、少女の進む速度などからタイミングを予測する。
これが失敗したら――、
もう、私は逃げるだけだ。諦めて死を覚悟するなんてあり得ない。
背中の壁には窓が一枚だけ。裏口などない。ガラスを破って外へ逃げる。
こいつが、アイノ達へ向かわないように誘導しながら逃げる。
サナは唇を噛んだ。
弱気になってる訳じゃない。
過信するのは危険ってだけだ。
ここで終わらせる。
終わらせてみせる。
少女が作業台の間に足を踏み入れた。
サナは声を掛けた。
「……ひさしぶりね」




