3−4 怯えるサナ
深夜、サナは一人で薬屋の工房の椅子に座っている。
サナが、深夜まで工房に籠もるのは珍しい事ではない。ギルテもいつの間にか慣れてしまっていた。
サナは、夫には見せられない研究をする際はこの時間を使っていた。
作業台の上で蝋燭の火が揺れる度に、壁に映っている真っ黒いサナの影も揺れる。
サナが飾った無数の鉢植えの花達の影も揺れる。
娘が病に倒れたとき、母親に迷いはなかった。
突然の高熱に浮かされるアイノを抱え、走って店へ戻り薬の調合を始めた。
簡単に薬は完成した。頭では出来ていた物を、あえて作らなかっただけだから。
アイノは三日もかからず、快復した。
近隣の住人達は信じられなかった。
「あの子、たったの三歳なのに……」
「ギルテとマヤも可哀想に……」
アイノが死ぬ前提で、話をしていたから当然だろう。
父親のギルテでさえ、娘の死を覚悟していた。諦めていた。
そのような状況でサナが作った薬が効いたのだから、この話は爆発的に広まっている。
サナは不安でたまらない。
自分の行動が、自分の噂が、あれを呼び寄せる事になりそうで恐ろしかった。
また、一人きりの逃亡生活に戻ろうか……。家族のためにも。
サナは首を振る。
もし、逃げ出した後に――、私がいなくなった後にあいつが来たら?
ギルテやアイノは…………。
サナは椅子から立ち上がり、蝋燭を手に取った。
一度天井を眺め、床に蝋燭の蝋を数滴垂らした。
私が終わらせる。私も五年間、何も考えていなかった訳じゃない。
そのとき、工房の扉が開いた。サナが眼を向けるとアイノが一人、立っている。
「ママ、おしっこ……」
「あっ……、ちょっと待ってね」
寝ぼけ眼の娘の手を取り、トイレへ向かう。
母親としての幸せをサナは感じる。
自分の人生が再び動き始めた事への不安をサナは感じる。




