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腐食姫  作者: 野中 すず
32/49

3−2 マヤ 


 マヤは娘のアイノと手を繋ぎ、夕飯の材料の買い物をしている。三歳のアイノの歩幅に合わせ、ゆっくり歩く。そこに苛立ちは感じない。(むし)ろ、幸せを感じている。

 チョコチョコとしか歩けない娘が、マヤは愛おしくてたまらない。

 自分にこんな感情があるなんて、信じられなかった。

「ママ、後は何を買うの?」

「後はねえ、お肉を買うよ」

 

 マヤは笑顔で答えた。


 ――――サナは笑顔で答えた。



 サナは怯え続けている。



 あの夜から、あの化け物から逃げ出した夜からずっと。


 あいつは追ってくる。

 私を腐らせるまで追ってくる。

 今も探し続けている。


 サナは名前を捨て、逃げ続けた。

 ロードンと稼いだ大金があったので、どうにかなると思っていた。

 しかし数ヶ月も経たずに、サナに予想外の事が起きた。金が尽きる前に、サナの気力が尽きてしまった。

 ()()恐怖から逃げ続ける日々は、サナの心を強烈に蝕んでいた。


 こんな逃亡生活、耐えられない。何処か……何処かに落ち着き、しばらく静かな生活を送りたい。


 サナは最寄りの大きな街、サカラでギルテの薬屋を見付け、転がり込んだ。金はまだまだある。給金などいくらでも構わなかった。


 サナにとって、ギルテの店での仕事は子供の遊びレベルだった。

 この街には、不治の(やまい)と恐れられる病気がある。サナの知識を使えば、特効薬も簡単に作れるだろう。

 しかし、サナは作らなかった。この店が、注目を集めるような真似は避けなければならない。

 サナは今の生活を失いたくない。

 不思議に感じている。

 そもそも、サカラでの生活がこのようなものになるとは予想も出来なかった。数ヶ月――、長くても数年で飽きて、違う土地へ移りたくなるだろうと思っていたから。

 心変わりの理由はギルテだった。


 ギルテはサナに指一本触れようとしなかった。

 サナの部屋へ一歩も入ろうとしなかった。

 サナの過去を一切訊かなかった。

 サナの技術、知識に最上の敬意を払った。少しでも理解しようと真剣にサナの説明を聴いていた。



 いつの間にか惹かれていた。



 サナはアイノと繋いだ手を強く握り直す。愛おしい娘。



 そのとき、アイノが気を失い倒れた。


 サナは小さな悲鳴を上げた。



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