3−2 マヤ
マヤは娘のアイノと手を繋ぎ、夕飯の材料の買い物をしている。三歳のアイノの歩幅に合わせ、ゆっくり歩く。そこに苛立ちは感じない。寧ろ、幸せを感じている。
チョコチョコとしか歩けない娘が、マヤは愛おしくてたまらない。
自分にこんな感情があるなんて、信じられなかった。
「ママ、後は何を買うの?」
「後はねえ、お肉を買うよ」
マヤは笑顔で答えた。
――――サナは笑顔で答えた。
サナは怯え続けている。
あの夜から、あの化け物から逃げ出した夜からずっと。
あいつは追ってくる。
私を腐らせるまで追ってくる。
今も探し続けている。
サナは名前を捨て、逃げ続けた。
ロードンと稼いだ大金があったので、どうにかなると思っていた。
しかし数ヶ月も経たずに、サナに予想外の事が起きた。金が尽きる前に、サナの気力が尽きてしまった。
あの恐怖から逃げ続ける日々は、サナの心を強烈に蝕んでいた。
こんな逃亡生活、耐えられない。何処か……何処かに落ち着き、しばらく静かな生活を送りたい。
サナは最寄りの大きな街、サカラでギルテの薬屋を見付け、転がり込んだ。金はまだまだある。給金などいくらでも構わなかった。
サナにとって、ギルテの店での仕事は子供の遊びレベルだった。
この街には、不治の病と恐れられる病気がある。サナの知識を使えば、特効薬も簡単に作れるだろう。
しかし、サナは作らなかった。この店が、注目を集めるような真似は避けなければならない。
サナは今の生活を失いたくない。
不思議に感じている。
そもそも、サカラでの生活がこのようなものになるとは予想も出来なかった。数ヶ月――、長くても数年で飽きて、違う土地へ移りたくなるだろうと思っていたから。
心変わりの理由はギルテだった。
ギルテはサナに指一本触れようとしなかった。
サナの部屋へ一歩も入ろうとしなかった。
サナの過去を一切訊かなかった。
サナの技術、知識に最上の敬意を払った。少しでも理解しようと真剣にサナの説明を聴いていた。
いつの間にか惹かれていた。
サナはアイノと繋いだ手を強く握り直す。愛おしい娘。
そのとき、アイノが気を失い倒れた。
サナは小さな悲鳴を上げた。




