3−1 小さな薬屋
リカーサ村の遥か東に、サカラという大きな街がある。リカーサ村とは、人口も面積も繁栄も段違いの大きな街。
街の近くに、街の名の由来にもなったサカラという名の山がある。この山の材木や湧き水などの豊富な資源は、街の繁栄の大きな要因になっている。
しかし、その大きさ故の問題を二つ抱えていた。
街外れに他所から入り込んで来た無法者が集まり、形成するスラムが存在している。一般人は近付く事さえ避けていた。
様々な人間が出入りするため、原因も治療法も分からない病気が広まっている。突然発症し、高熱が続く。罹った者は皆、一週間も持たずに絶命していた。
そんなサカラの街の一角に、若い夫婦が営む小さな薬屋があった。店舗兼住宅の二階建て。脇に工房として使用している小屋がある。
夫のギルテと妻のマヤ。二人の間に三歳の娘、アイノ。
――――
五年前、マヤは「住み込みで雇ってほしい」と店に突然現れた。
ギルテは理解に苦しんだ。
今まで出会った女の中で、とびっきりの美人。
薬の知識があるとは思えない美人。
小さな薬屋など似合わない美人。
――変な下心を持つと、後悔する羽目になりそうな美人。
ギルテは、「ウチで働いてもコレくらいしか払えない」と非常に安い金額を提示した。
遠回しに追い払うつもりだった。
「分かりました。明日から来ます」
その返事を聞いたギルテは面食らった。
「いや……、ちょっと待ってくれ。この店にオレは一人暮らしなんだ。まずいだろう?」
「構いません」
結局ギルテは押し切られてしまった。
女の美しさに。
女の有無を言わせぬ凄味に。
女から感じる焦燥に。
翌日、女は何も持たず店に来た。
五年前の出来事。
――――
ギルテはマヤの過去を何も知らない。
知っている事と言えば――
薬の知識が凄まじく深く、広い。ギルテには、マヤの説明を聴いても理解出来ない事ばかりだった。
家族は、ギルテとアイノしかいないらしい。
なにかを恐れている。
そのなにかが何なのか、ギルテは分からない。
しかし、ギルテが最も答えを知りたい事は、また別にある。
雇って一年ほど経った頃、工房で薬の原料となる植物をすり潰しながらマヤが独り言のように呟いた。
「私を妻にする気はないですか?」
ギルテは最初、自分の耳がおかしくなったと思った。
ギルテは今も分からない。
――オレみたいなつまらない男に何故、あんな事を言ったのだろうか?




