2−20 リカーサ村の来訪者
ラストラ、シャル、シャラが暮らしていた「洞窟の先の空間」が、完全に燃え尽きるまで十日間も掛かった。
十日前の夜、山の麓にあるリカーサ村の住人達は当然、異変に気付いた。
「伝説の勇者の生まれ変わり」と言われるロードンの一行が「腐食の王」討伐のため、入山していたから。
入山前、村に立ち寄った一行を讃え、もてなし、送り出していたから。
村人達は皆、戦いの炎だと信じていた。
「明日には、討伐を果たしたロードン達が誇らしげに戻って来る」と信じていた。
しかし、誰一人戻って来ない。
十日経っても戻って来ない。
「まさか……」
それ以上は誰も言わなかった。
内心皆、恐れていた。
怒り狂った「腐食の王」が、村を滅ぼしに来るのではないか……。
「まさか、『伝説の勇者の生まれ変わり』が負けたのか?」
この言葉は、口にするのも恐ろしかった。
十日間、「戻って来た者」はいなかったが一人だけ「訪れた者」はいた。
――――
ルーミー夫妻は毎朝、山に向かい祈っている。
あれから毎朝。
娘を奪われてから毎朝。
すでに十年以上、続けている祈り。
もう、二人の年齢は五十に差し掛かっていた。
ルーミー家から少し歩いたところに、小さな川がある。娘のシャルが、幼い頃によく遊んでいた小さな川。
その辺で祈っていた。何の遮蔽物もなく、山が正面に見える場所。
娘の無事を祈っていた訳ではない。
娘の安らかな眠りを祈っていた。
「腐食の王の生贄」だったのだ。もう「無事」はとっくに諦めていた。
村は「山から煙が昇り続けている」「ロードン一行が戻って来ない」など大騒ぎだが、二人にとっては他人事だった。
愛するシャルはもういないから。
その日の朝も二人で川へ向かい、歩いていた。
「あなた……、あれは……?」
シャルの母親、エリサ・ルーミーが異変に気付いた。川辺に茂る雑草の中に、人が倒れているのが見えた。エリサはそこを指差し、夫に知らせる。
夫のカールも気付き、驚く。
「なんて事だ!」
夫婦は少女の下へ駆け寄る。生い茂る雑草を踏み、近付いていく。
少女はうつ伏せに倒れている。
真っ黒い髪、赤黒いローブ。
二人は同時に息を呑んだ。
娘のシャルを彷彿とさせる黒髪。
色は違うが、あの日シャルが身を包んだ儀式用ローブと同形のローブ。
「シャル……?」
エリサが呟いた。エリサ自身もあり得ない事は分かっている。
シャルは生きていればもう、二十九歳なのだから。
うつ伏せなので顔は見えないが、明らかに少女は「あの日のシャル」と比べても、まだ幼い。
「おい、大丈夫か!?」
少女の横にしゃがみ込んだカールが少女を仰向けに起こし、呼び掛けた。
少女の顔を見た二人は再び息を呑んだ。
子供の頃のシャルそっくりだった。
「うぅ…………」
少女が呻いた。
カールは無言で少女を抱え上げる。
カールとエリサは目を合わせた。
互いの目に覚悟が見えた。




