1−3 出逢い
森を抜けた先に、大草原が広がっていた。
その草原の中央に「自分の目的」を見付けたとき、女は悲鳴を上げそうになった。手を口に当て、押さえ込む。
一匹のドラゴンが眼を閉じ、草原の中央に巨躯を丸めている。地面に下ろされている頭が女に対し、真横を向いている。女はドラゴンの口の端が定期的に振動を繰り返している事に気付いた。
空気が吹き出すような音の正体は、ドラゴンのいびきだった。
――寝ているわ。
巨大な口に鋭い牙。
巨大な手足に鋭い爪。
巨大な翼。
女はドラゴンを見るのは初めてだったが、女が聞き及んでいたドラゴンとほぼ同じ風貌をしている。
違う点と言えば、その色だった。
身体を包むように寝ている翼も、その翼の下から覗く鱗も完全な黒色。
月明かりの下にある巨大な暗黒の塊。
――「腐食の王」と畏れられるドラゴン、ラストラが月明かりの下、そこにいた。
眠っていても放たれる強烈な威圧感に、女は全身が震える。「今なら逃げられる。死なずに済む」という甘い誘いが浮かんでくる。
……馬鹿な。なにを迷う事がある。
女は覚悟を決めた。自分に言い聞かせた。
私はこのドラゴンに喰われるために来たのだから。
女はドラゴンへ足を進めた。
――――
女が森を抜け、草原に侵入してきたとき、ラストラは目を覚ましていた。
特に強い関心を抱く事もない。まぶたを開くのさえ億劫だった。
――もう百年経ったのか。
そんな事しか思い浮かばなかった。
この山の麓の村に住む人間どもは百年に一度、若い女を生贄に差し出す。
オレの方から頼んだ覚えなどない。
海が荒れるのも、天が荒れるのもオレがあずかり知ったところではない。
しかし、律儀に人間どもは自分たちが勝手に決めたしきたりで女を寄越す。
このまま、日が昇るまで相手にせず放っておこうか。鬱陶しい。
「ラストラ様!」
思いがけない力強い声で呼ばれた。ラストラは少しだけ女に興味を持ち、まぶたを上げた。
眼の前に、文字通り眼の前に女が立っている。女の背丈はラストラの眼とほぼ同じ。
真紅の眼を動かし、女と眼を合わせる。
「なんだ? オレに喰われに来たのか?」
「……そうです。私の生命で怒りをお鎮め下さい」
この言葉を聞き、ラストラにまた億劫な気持ちが戻って来た。
「オレは端から怒りなど感じておらぬ。お前ら人間が勝手に決めたしきたりだ」
女の元々大きな目が更に大きく見開かれた。驚いているようだ。
「……では、今までここに来た者たちは?」
「さあな。『村に帰ったところでしきたりに背いた者として処刑される』と他所の地へ逃げた女もいた。『このままおめおめと生きていては、私の尊厳が守られない』と懇願してきた女もいた。そいつは喰ってやったわ」
女が身体をわなわなと震わせる。
「つまり、我々のしきたりは……?」
「意味など無いものだ。お前らが恐れている天災などオレの機嫌とは関係が無い」
女は無言になり、しばらく何か考え込んだ。
やがて静かに問い掛ける。
「先程の話ですと、『私が喰って欲しいと求めれば喰ってもらえる』という事ですか?」
「別に構わん。……だがな」
ラストラは女の平坦な腹をジロリと睨み、鼻を少し動かした。
「お前の名は?」
いきなり名前を訊かれ、戸惑いつつも女は答える。
「シャルと申します」
「では……シャルよ。それはお前ら二人の望みなのか?」
女――、シャルは息を呑んだ。