2−16 悪あがき
「こんな化け物、相手にしてられるかよ」
ロードンは本心を吐露した。
オレが「伝説の勇者の生まれ変わり」なんかじゃない事は、とっくに分かっていた。
今夜、本物に改めて思い知らされただけだ。
ロードンは剣を持った右手を振りかぶる。
「高かったんだぞ? コレ」
そう言うと少女に、全力で剣を投げつけた。当然、切っ先を少女に向けて。
ロードンは振り返り、走り出した。逃げ出した。剣を投げつけ、殺せる相手ではない事くらい分かっている。ただの時間稼ぎ。
ロードンは既に見ていなかったが、剣は少女に向かいながら空中で黒く変色し、崩壊した。黒い粉末が少女の前を舞い散る。
ロードンの予想通り、数秒の時間稼ぎにしかならなかった。
ロードンはドラゴンの亡骸の脇を走り抜けていた。驚異的な速度で。
ドラゴンの亡骸は円形をしている草原のほぼ中央。少女が現れた森とは反対方向にも、森は広がっている。
従者達もそちらに逃げ出した。森の中を大回りして洞窟入口へ向かったのか、今も森に隠れているのかは分からない。
ロードンは草原を走る。
目指す森が近づいてくる。
飛び込んでしまえば、逃げ切れる――、追跡を撒ける自信があった。
森は眼の前。大木達による闇が、ロードンを待っている。
ロードンはほんの僅か安堵した。安堵してしまった。
そのとき、森とロードンの間に小さな影が立ち塞がった。ロードンを遥かに超える速度で走り込まれた。
影は再び俯いている。
さっきまでノソノソ歩いてたくせに……! なんなんだよ、こいつは。
少女は眼の前。「五歩の範囲」に入っている。何故か身体に異常は感じない。
少女が顔を上げた。ロードンはその眼を見る。
真っ黒な瞳だった。
その瞳が少しずつ赤く染まっていく。
「ぐうっ……!?」
ロードンはまず身体の前面、少女と向かい合っている面に異変を感じた。
身体が熱い。
身体が痒い。
身体が痛い。
服ごと身体が醜く変色し、皮膚が、肉が下に流れ始めている。
ロードンは悲鳴をあげそうになった。しかし、出来なかった。
ロードンの下顎がぼとりと落ちたから。
自分の顎を眼で追おうとしたが、それも出来なかった。
ロードンの眼球もずるりと落ちた。
美しい金髪も抜け落ちる。
ロードンは一瞬で「ロードンだった物の塊」になり、地を流れた。
死の直前、己の人生を振り返る事さえ許されなかった。




