2−14 本物
――びちゃり
少女が一歩踏み出した。ロードンに向かって「一歩分」の草が腐る。
少女を中心に円形に腐る。既にサナが作り出した毒によって枯れていた草が悪臭を放つ液体と化していく。
剣を構えたまま、ロードンは目測した。
こいつはおおよそ五歩分くらい先まで腐らせる事が出来るのか。その範囲に入ったら、オレもこの草みたいに――。
ロードンはそこで、やっとサナがいない事に思い至る。
「既に腐らされている」とは考えられない。
「逃げた」としか考えられない。
「裏切られた」「見捨てられた」などではなく、「当然」とロードンは思う。
いつからか「ただの仕事の相棒」になっていたから――。
「こんな事なら、『一回抱かせてくれ』って頼めばよかった」
ロードンは、思ってもいない強がりをこぼした。独り言。眼の前の化け物が、人の言葉を解するとは思えない。
少女は、ローブを引きずりながらロードンに近付く。腐った草達がローブの裾に染み込んでいく。
ロードンは少女と「五歩分以上の距離」を取るため後退る。
「お前を……、本物を討伐してこそ……だよな?」
ロードンは再び強がりを言った。
両手で構えていた剣を、右手だけに持ち替えた。
少女が一歩進む。ロードンの爪先直前の草が萎れる。
「こんな化け物、相手にしてられるかよ」
ロードンは嗤った。
強がりではなく、本音を無意識にこぼした自分を嗤った。




