2‐12 ロードンとサナの疑念
崩れ落ち、動かないドラゴンの亡骸をロードンは黙って見ていた。
「伝説のドラゴン」を倒したというのに何故か喜べない。
こんなものなのか? 確かにサナが用意した毒も、オレが撃った一撃も全てが今、オレ達に出来る最大限のものだった。しかし、そんな予定通りに話が進む相手だったのか?
木の陰に隠れ、成り行きを見守っていた従者達が真っ黒に染まった草原に出て来て歓声を上げている。
「さすがロードン様!」
「さすがサナ様!」
この討伐により、受け取る報酬が破格である事も彼らを浮かれさせている。
こんなものなのか?
ロードンは再び同じ事を考えた。
―――――
こんなものなの?
同じ事を考えている者がもう一人いた。
サナである。
木陰から出る事もなく、立ち尽くすロードン、動かないドラゴン、騒ぎ続ける従者達を見ている。
サナもロードンと同様に、余りにも予定通りに進んだ事に疑念を持っている。
しかし、どれだけ用心深く見てもドラゴンの亡骸に変化はない。突然起き上がり、暴れだすような事もなさそうである。
単純に私の気構えが過ぎただけなのだろうか?
素直に喜ぶべきなのだろうか?
サナは足を踏み出した。まずはロードンに労いの言葉を掛けるべきだと考えた。
「……なあ、あんた」
不意に背後から呼び掛けられ、サナは驚いた。
振り返ると、少し離れた位置に盗人が立っている。肩に蠍の刺青。
「まだいたの? 今回は殺さないであげるから消えなさいよ」
「いやいや、ちょっと待ってくれよ」
男は下衆な笑顔をサナに向ける。
「あの化け物の囮になったんだからさ。オレにも分け前があっていいだろ? オレがいなきゃ、あんたの毒も当たらなかった」
サナは男の提案に呆れた。「この場で私が処分しようか」と考えた。
――そのとき
男の背後、森の奥深くから凄まじい瘴気を感じてサナは後ろへ跳び退いた。
サナの真っ青な顔を見て、男はやっと異変に気付き振り返る。
急激に腐っている。
背後の木々が。
地面の草が。
「なんなんだよ……?」
男が呟いた。もう足元の草も腐り始めている。
「おい……、これ……」
男が再び振り返り、サナに声を掛けた。
サナは悲鳴を上げそうになる。
男の両眼がズルリと落ちた。
大量の髪が抜けた。
皮膚や肉が赤黒い液体になり流れ落ち、白い骨が覗いた。
その骨も含めて、男は腐り果てた。腐った草と混ざり合う。
同時に猛烈な悪臭がサナの鼻を襲った。
しかし、サナはその悪臭など一瞬で忘れた。視界に映るものが忘れさせた。
サナよりも、ずっと背が低い少女がいた。
飛び跳ねる様に、サナは横方向へ逃げ出した。
後方、ロードン達がいる草原に逃げては危険だと判断した。
木々の隙間を必死に走りながら、サナは考える。
あいつだ。あいつこそが「腐食の王」だ。
ロードン達に助けを求める気などなかった。
無駄だろう。
ロードン達に危険を知らせる気などなかった。
無駄だろう。
あいつは私達を憎んでいる。
あいつは――、あの少女の形をした化け物は、まずドラゴンを殺したロードンを狙うだろう。
サナは振り返る事もなく走り続けた。




