2−9 腐食の王の抜け殻
――――身体がまともに動かぬ。
ラストラは、自分の身体の麻痺が急速に進んでいる事を感じていた。
本来なら、眼の前にいる自尊心の塊のような男の話などに付き合うべきではないと分かっていた。
少しでも早く始めるべきなのは分かっていた。
時間が経てば経つほど身体の麻痺が進み、不利になるだろう。
しかし、ラストラは動かない。
「腐食の王」のように振る舞わなくてはならない。
堂々と、余裕たっぷりに、「人間など取るに足りない存在」だとでも言いたげに。
ラストラは認めている。二つも誤算をしてしまったと。
小さな誤算が一つ。
大きな誤算が一つ。
小さな誤算は、眼の前のこの男。構えを見ただけでも分かった。ふざけた態度をとっていたが、剣の腕は相当なものだろう。今までここへやってきた「自称伝説の勇者」どもの中では、群を抜いている。
大きな誤算は、身体を染めている毒。
恐ろしい程の効果。「能力」を手放している事を勘案しても。
このような代物を作れる人間が、存在するとは思いもしなかった。
ラストラはシャラの事を考えた。
シャラ――、シャルの娘。
本人にも自覚はないが、現「腐食の王」はシャラ。間違いなくシャラ。
今、こいつらがその事を知ったらシャラを――――。
ラストラはゆっくりと口を開く。
「なんだ、構えたまま動かぬではないか? この赤い粉はなんのつもりだ?」
剣を構えた男が微かに震えた。
こいつらに思い込ませねばならない。
「毒など効かない」と。
「腐食の王には毒など効かない」と。
ラストラは溜め息を吐いた。
「怖気づいた男に失望した」と装いながら。
内心は違う。
自分の状態を冷静に鑑み、可能な攻撃は一回、せいぜい二回と判断し失望していた。
この赤い毒は、どんな人間が作ったのだ?
――そもそも人間が作ったのか?




