2−3 伝説の勇者
十年以上前に、シャルがラストラに喰われるために歩いた洞窟。その後、誰も入っていない洞窟。
この細い洞窟を今、松明を手に進む一列の集団がいる。
三十三人の集団。
集団の先頭は一人の男。後ろ手に縛られ、荒れた路面に何度も転んでいた。男はその度に後ろを歩く屈強な男に蹴られ、引きずり起こされていた。この男は転んで出来た傷以外にも、全身に痣や傷が見える。
列の最後尾は、若い男女が歩いている。
「ねぇ、ロードン? あいつ、殺した方が良くない? あいつのせいでペースが落ちてるわ」
「サナ、この洞窟にも罠が仕掛けられてるかも知れない。あいつに先頭を歩かせる」
美しい金髪が、松明に照らされている。
残酷な会話の内容と、似つかわしくない美しい外見を誇る二人。
幼き頃より、「剣術の神童」「伝説の勇者の生まれ変わり」と崇められるロードン。
そのロードンをサポートするサナ。
同じ孤児院出身で、ずっとコンビを組んでいる。
元々この集団は三十二人だった。この二人と、この二人から選抜された従者三十人。
先頭を安全確認のために歩かせられている男は、ロードン達にとって予定外だった。
男は昨夜、洞窟入口前で仮眠を取っていたロードン達の荷物を盗もうとした。あっけなく見付かり、従者達から酷い暴行を受けた。
その光景を眺めていたロードンだったが、男の使い道を思い付き、殺させなかった。
この世界にはドラゴンを筆頭に、人間を遥かに超えた生物、人間にとって神のような生物が存在している。
しかし、この世界にはそんな存在と対等に渡り合える能力を持った人間も極稀に現れている。
ロードンとサナは、そんな村の存続、街の存続、時には国の存続さえ脅かす生物達を討伐し、名誉と大金を手にしていた。
薄暗い洞窟を進みながら、サナはゴードンに訊く。
「『腐食の王』って、ドラゴンの中でも伝説みたいな奴よね? 大丈夫なの?」
ロードンは笑みを浮かべ、答える。
「ああ、『伝説のドラゴン』には『伝説の勇者』のオレの出番だろう?」
その笑顔にサナは悪い予感がした。サナは知っているから。
確かにロードンは、凄まじい剣術を持っている。この国で、ロードンに剣で勝てる者などいないだろう。
しかしロードンの強さは、周囲の者たちの想像を絶する過酷な鍛錬の賜物なのだ。言い換えれば、「剣術の神童」「伝説の勇者の生まれ変わり」などではなく、「努力で身に付けた」と言える。
ロードンはドラゴンを殺した実績はあるが、まだまだ幼体レベルのものばかり。今回の「腐食の王」も同じように考えるのは危険ではないだろうか?
サナの顔色が曇り、その事に気付いたロードンの顔色も曇る。
「なんだ? また不安になってるのか? 見ろよ。連中が運んでいる物を。今までの若いドラゴン討伐の、ざっと十倍は準備した。何よりそれを作ったのはサナじゃないか」
サナは従者たちに目を遣る。全員が大きな荷物を背負い、進んでいる。
サナは小さく頷いた。
――そうだ。ロードンが自分自身を信じているように、私も私自身を信じよう。私の知識と技術を。
―――――
長時間歩き続けていた集団の先頭、傷だらけの男が歩を止めた。前方から幽かな光が届いている。従者たちも気付き、最後尾のロードンに伝えられた。
「一旦、ここで休息する。各自、体力の回復に努めろ。今回の我々の獲物は……」
ロードンは静かに言った。
「間違いなく過去最強だぞ」




