6話:始めの一歩
コノハは困っていた。
今、この状態に・・・。
コノハが今いるのは、江戸からもっとも南下した場所にあるところだ。
地名は『草梅雨』となんとも奇妙な名で、当たり前のように知られていない。
また、そこにある唯一の村の名は『唐津』というらしい。
コノハがこのようなへんぴな場所へ来たのには、何も知り合いがいるからではない。
師である、草十郎のせいである。でないと、こんなところに例え知り合いがいたとしても来ないと断言できる。
それほど、離れた場所に唐津はあった。
(なぜ、このような場所に草十郎殿は行けと申したんだ!!)
そして今、コノハは激しく文句を本人にぶつけたい気持ちに合った。
なんせ、唐津に来たのはいいものの、村の門の前で一歩も動けなくなったからだ。
何やらこの村は審査というものがあるらしい。
関門のようなものなのだが、一般の村が第一するとは聞いたことがコノハはなかった。
(帰ったら絶対に文句を言ってやる!!)
徒歩と馬で約5ヶ月をもかけて来たコノハの体はズタズタでボロボロだった。
行く途中で、陰に何体も遭遇してしまいこのような状態になっているわけなのだが、いつも以上にその遭遇数が多かったのだ。
(早くここでの用事を済ませたいんだけどなぁ~)
長く掛かるであろう審査にボーとコノハは空を仰いだ。
★☆★☆★☆
『よぉ、楽しんでるか?』
ことの始めは草十郎の、この言葉だったような気がする。
宇津木と分かれた後、瀬原に会いに行った。
瀬原とは、人名ではなく一座の名であった。その一座に昔コノハはいた。
一座で生まれ、一座で育ち、歌や踊りや音楽、時には舞すらも見せるお祭り大好きな者の集まりであったところにコノハはいた。
例え祭りがなくとも、その場を盛り上げる一座として有名でもあった。
そんな一座でコノハは物心ついたときから笛を持たされ吹かされていた。
たまたま笛を吹いたときに筋がいいと褒められて『よし、笛吹きにしよう。』といわれたためである。
コノハ自身もまんざらではなく、将来自分は有名な笛吹きになるんだと思っていた。
けれど、世の中そうは上手くいかないものだ。
(僕が今いるのは上忍護師を育てるための役所だ。)
一座からコノハが出て行くときとても反対された。
コノハだって、本当は出て行きたくなかった。でも、いかざる終えなかった。
(すべてはあの将軍のせいだ。)
自分を一座から追い出すように仕向けた将軍の顔を今でも忘れることはない。
(昔は楽しかったなぁ~。)
コノハは、一座の泊まる宿に向かいつつ昔のことを考えていた。
毎日がお祭り騒ぎだった。練習はきつかったけど新しい曲を吹くたびに喜びで心が震えた。
上下関係はそれほどひどくなく、というよりみんなが家族のようなものだった。
実際に血の繋がった兄弟はいなかったけど、コノハにとっては一座の人々が親であり、兄弟だった。
怒るときには怒り、優しいさや愛情をもコノハはみんなからもらった。
その優しさや愛情はコノハが一座を出てからもくれていた。
なんと、一年に1回はわざわざ訪ねてきてくれたのだ。
(みんなきっと元気なんだろうなぁ~)
あの一座から光が消えることはまずない。
どんなことがあっても笑顔で人々を包み込んでくれる。
そう、コノハは思っていた。
けれど、一座の泊まっている宿に近づくたびに不安が大きくなってきた。
(このままみんなが優しいままだったら僕はいつまでたっても子供のままだ。
それに、ここに来るためにきっと遠くまで行ってないってことだし・・・。)
「どーすればいいんだろう。」
不安を抱えたままコノハは、宿の戸を開けた。
すると、恐ろしいほどに静まり返っていた。
(あれ。みんなは・・・?)
周りを見渡すが、一座の者はいなかった。
不思議に思いつつも宿の女将さんに聞いてみたが、首を振るばかりだった。
「そーいやぁ、2階に団長さんがいたような気がするねぇ~。あぁ、階段はあそこだよ。」
そういって部屋の隅にある階段を指差した。
(とりあえず、行ってみるしかないよね?)
コノハが階段を上ると、団長の椿がちょうど窓から外を眺めている姿があった。
それをみたコノハは、ほっとした。
(団長がいるなら、みんなもどこかにいるはずだよね??)
「だん・・」
「コノハだろ?ここに来るのは窓からみて知っていたからね。ずいぶんと遅かったじゃないか。」
声を掛ける前に、そう問われコノハはたじろいだ。
「ええっと、町の見回りをしていたので遅くなりました。すみませんでした。」
「っはん。相変わらず、あの悪が師なのかい?」
椿は草十郎のことを『悪』や『ぼんくら』『へたれ』などと呼んでいた。
決して、草十郎が本当に悪やぼんくらやへたれであったりはしない。
ただ、椿が親しみを込めて呼んでいるだけだとコノハは思っていた。
「はい。草十郎殿が僕の師です。」
「あらまぁ、私の可愛い小葉があいつの弟子なんて悪いことばかり教わるだけだよ。そうだろう?」
「い、いえ。決してそのようなことは・・・。」
「しかも、話し方まで変わってしまって・・。アイツいつかぶっ殺す。」
「だ、団長!!」
確かに、コノハの話し方は役所に入ってから変わってしまっていた。
上下関係が厳しいせいである。けれど、そうやら椿が怒っているのは役所ではなく草十郎に対してのほうが大きいようだった。
どうして、椿がここまで草十郎を嫌っているのかはコノハにはまだ分からなかった。
いや、いつになってもわからないかもしれない。
なんせ、椿が草十郎に嫉妬しているだけなのだから・・・。
取り合えず、コノハは話題を変えてみることにした。
「そ、そういえば、みんなはどこですか?母さんにも会いたいんですけど・・・。」
「あぁ、そうだった。みんなは下にいるはずだよ。」
「え?でも、いませんでしたよ??」
「だから、『今は』下にいるんだよ。」
「はぁ。」
「コノハがここにきて十分なくらい時間がたったから準備はできているだろう。」
「え?」
椿はにこにこと微笑みながら、コノハの背中を押した。
コノハは背中を押されるままに、階段を降りようとした。
(準備ってなんだろう?・・・あ。団長に言わなくちゃいけないことがあったんだ。)
「だ、団長!!言わなくちゃいけないことがあるんですけど・・・。」
「それは、後で聞くよ。今は降りなさい。」
「・・・はい。」
そして、コノハは階段を降りていった。
そこで見たものは・・・・。
一体何を見たのでしょうか??
まだまだ、コノハSIDE続きます。