7.お茶会の後
皇帝陛下との謁見はまだです。(あれ?)
「……少し、苛めすぎたかしら?」
世話になっているドルゴフ領主の館に戻り一息ついたところで、ラリーサは片頬に手を添えて小首を傾げる。ラリーサ的には、出来れば和やかなお茶会にしたいと思っていた。今後、顔を合わせる機会はほとんどないだろうけれど、一応義理の姉妹となるのだ。形だけでも良好な関係を築ければよいと思っていたのだけれど……。蓋を開けてみれば、不満を隠しきれないトリーフォン側の些か棘のある言葉を、笑顔と言葉で跳ねのけていくといったなんとも後味のよろしくないものになってしまった。
「姫様が気にすることはありませんよ」
呆れの混じった溜息をついたマルファが、〝トリーフォン帝国の皇妃教育は、いったいどうなっているのかしら〟と告げる。
「王太子妃になる方が、あんなにも感情駄々洩れで大丈夫なんですか?」
〝16歳の頃の姫様は、もう少し取り繕えていたように思うんですけど〟と、キーラが眉根を寄せて首を傾げる。
「そう見えたのなら、マルファの教育の賜物ね」
クスリと笑ってから、ラリーサは〝やれやれ〟という風に溜息をついた。
お茶会の出だし――挨拶の前に発言したことにも些か驚いたが、その後も何気に酷かった。ラリーサの年齢のことは――まぁ、気にするのは当然のことだと思うので、この際横に置いておく。その他に、王太子であるエラーストが自分より4つも年下であることに不満を隠そうともせず、イリダール王国に王位継承権の序列はないと説明しているのに、第一王子か第二王子が王太子であるべきだと遠まわし――のようで遠まわしでない文句を言ってくる。確かに、成婚の儀まで4年も待たせてしまうのは申し訳ないとは思う。だが、元より根回しも何もなしに一方的に〝嫁ぐから、よろしく!〟いう書簡を送ってきたのはトリーフォン帝国の方だ。〝婚約を破棄するというのならば、それでもいい〟ととってもいい笑顔で言ってやれば、すぐに黙ったけれど。
加えて、いらぬ老婆心を抱いてしまったラリーサは、不満を表情に出す皇女へ一言物申してしまった。
「王太子妃となると心に決めていらしたのであれば、感情を顔に出すべきじゃありません。不満でも腹が立っても悲しくても苦しくても、それを己の中に押し込めて、いついかなる時でも悠然と笑みを浮かべられるくらいにならなければ、王太子妃など務まりませんよ。王太子妃になるということは、いずれ王妃となるのですよ。確かに、イリダールはトリーフォンと比べれば小さな国ですけれど、王妃としての心構えは国の大きさに関係ないものです」
暗に〝トリーフォン帝国の皇妃教育は、いったいどうなってるんだ〟と非難したも同然の発言になってしまったが、このままでは皇女が苦労する。身内自慢ではないが、ラリーサは両親を亡くした弟たちと父親を亡くした従姉妹たちには、その立場に見合う教育をきっちりとさせてきた。弟たちには誰が王太子になってもいいように、従姉妹たちにはどこに嫁入りしても――それこそ、自国他国問わず王妃や皇妃になってもやっていけるように。親がいないから教育が行き届いていないと言われたくなかったし、国を治める身として根幹である王族がしっかりしていなければ国など容易く揺らぐのだ。
ゆえに、弟たちや従姉妹たちの理想は高く、見る目も厳しい――王太子であるエラーストは特に……。
「陛下は、トリーフォンへ返した書簡に、嫁ぐ王女が誰か、王太子が誰かを書かかれなかったのですか?」
トリーフォン側に情報がほとんど伝わっていないことに、キーラが小首を傾げる。それに、ラリーサが〝書かれていなかったわね〟と苦笑する。
「〝王女のうち誰を嫁がせるかは、こちらの一存で決める〟ということと、〝トリーフォン帝国の皇女を王太子の妃として迎えることを了承する〟という内容しか書かれていなかったわ。まぁ、お祖父様の小さな嫌がらせといったところね」
とはいえ、ラリーサがトリーフォンへ嫁ぐことは割と早い段階で国内へ周知されたし、ほぼ同時期に王太子がエラーストに決まったことも伝えられた。いくら国交がないとはいえ、情報の取りようはいくらでもあるだろうに。国同士の交流はなくとも、商人の交流は少なからずあるのだから。
「まさか、ここまで情報収集がされていないとは思わなかった」
〝私、トリーフォンで無事にお飾り王妃になれるかしら〟と、ラリーサが溜息をつく。
「少なくとも、しばらくは落ちつかないのではありませんか?外交文官がまとめた資料を読んだ限り、現在の皇帝陛下が即位する際、いろいろあったようですから」
〝そのような国に姫様が嫁がないといけないなんて〟と嘆くマルファに、ラリーサは〝そんな不安定な国に、セラフィーをましてやスサンナを嫁がせるわけにはいかないでしょう〟と宥める。
「少なくとも、皇帝陛下はしっかりしている方らしいから」
〝なんとかなるわよ〟と続けたラリーサに、マルファが〝そうでしょうか〟と眉根を寄せる。どうやら、皇女の教育不足を目の当たりにして不安が募ってきたらしい。とはいえ、ここまで来てしまったのだ。あとはもう、なるようにしかならないだろう。
「とりあえず、平和に過ごせればそれでいいわ」
そう専属たちを安心させるように微笑んだラリーサだったのだけれども……。まさか、皇帝陛下との謁見でひと騒動起きるとは、思ってもみなかった。
少し短めになりました。
いつかどこかでスピンオフ的な感じで、エラーストとアリーサの話も書けたらいいな~と思ったり。
(言うだけはタダ)