6.王女と皇女のお茶会
なんとかメンテナンス入る前に更新したかったんですが、間に合いませんでした!
ラリーサがドルゴフ領に到着した翌日の午後の事。トリーフォン側に申入れしていた〝皇女とのお茶会〟について、承諾するとの回答があった。滞在中のドルゴフ領主の館――その貴賓室のソファーに腰掛けたラリーサは、マルファが持って来た書簡に目を通しながら〝皇女様に随行する侍女や騎士はどのくらいいるのだったかしら?〟と小首を傾げる。
「前に纏めた書類をお渡ししましたよ」
マルファの隣に控える侍女――マルファの娘であり、キリルの妹であるキーラが〝もぉ~〟というように肩を落とす。
「そうね。目を通した記憶はある。でも、正直、私には関係ない話だと思っていたから」
〝覚えてないのよね〟と悪びれることなく肩を竦めたラリーサに、キーラが〝確かに、関係ないですね。王子たちが記憶にしてればいいことでした〟と納得したように頷く。
「皇女様がイリダール王国へ連れて行く従者の数は、姫様の倍以上はありますよ」
「あらあら……私の離宮の侍女部屋や騎士の待機部屋で、部屋数足りるかしら?」
「不足する分は、今は空いている隣の離宮を使用するようですよ。姫様の離宮を皇女様が使われるのは、成婚の儀が行われるまでの3年ほどですし。隣の離宮は、元々成人したエラースト王子がお使いになる予定でしたから」
「確かに、ソゾンがそんなことを王宮管理官と話をしていたような気がする」
イリダール王国では、成人した王子、王女には離宮が1つずつ与えられる。そして、王太子と決まった者は再び王宮住まいに戻るのだが――エラーストの場合は、成人を迎える前に〝王太子〟と決まったため離宮を使う必要がなくなった。また、イリダールでは成人した後に成婚の儀を行うのが一般的だが、皇女とエラーストの年齢差を鑑み、エラーストがトリーフォン帝国で成人とされる15歳になった年に成婚の儀を行うことが現王である祖父によって決められた。
「お茶会には、誰をお連れになりますか?」
「そうねぇ……特に、人数の制限を求められてはいないけれど」
〝あまり少なすぎるのも、よくないかしら?〟と、ラリーサが悩むように眉尻を下げる。
「逆に、あまり大所帯も面倒だし」
「お茶会の場所は、どこなのですか?」
「……国境門にある応接室よ。ドルゴフ領主は、あまり広くない部屋だし、お洒落でもないからお茶会には向かないとおっしゃっていたけれど」
〝どちらの側でやるか揉めるよりは、公平でいいでしょ〟と、ラリーサが笑う。
「私は、別にトリーフォン側の建物でもよいんだけど」
〝どうせ、明後日にはトリーフォンの地に足を踏み入れるだし〟と、ラリーサは手にした書簡を目の前のテーブルへと置く。
「キリルを始めとした騎士たちに、ダメだしされたの」
「そりゃそうですよ」
〝トリーフォン側で姫様に何かあったら、どうするんですか。すぐに助けに行けないじゃないですか〟と、キーラが僅かに眉根を上げる。
「それは、あちらも同じなのでしょうね。場所の格式は問わないそうよ」
そう言って、ラリーサはマルファへと視線を向ける。
「キリルに言って、連れて行く騎士を5人決めるように言ってくれる?」
「畏まりました」
一礼して、部屋を出ていくマルファを横目で見やりながら、キーラが〝5人だけでいいんですか?〟と不満そうに口元を歪める。
「5人で十分でしょ。一緒に入室する者が2人。廊下で待機する者が3人。侍女は、マルファとあなたと……もう1人くらい連れて行こうかしらね」
〝万が一の時は、キーラだって騎士1人分に数えられるし〟と続けたラリーサに、キーラが〝お任せくださいっ〟と得意気に胸を張る。
「お兄様が、選別に剣を一振りプレゼントして下さったんです!」
〝持って行ってもいいですか?〟と意気込むキーラに、スカートの中に忍ばせられる大きさなのであればとラリーサが苦笑する。
マルファが嫁いだ男爵家は代々騎士を排出する家門だ。ゆえに、キリルも騎士をしているわけで、キーラもラリーサの侍女という立場ながら、なかなかの剣の腕前を持っている。マルファの夫は数年前に亡くなっており、今ではキリルとキーラの兄が家督を継いでいる。若いながらに、騎士団で小隊長を勤めるキリルとキーラの兄は、当然イリダール王国に残る。マルファとキリル、キーラがラリーサに随行すると決まった時、グーロヴァ男爵は捨てられた子犬のような表情をしていた――というのは、キーラ談だ。三人が着いて来てくれるころは心強く思うが、正直、家族を引き離してしまうことを心苦しくも感じていた。そんなラリーサに、マルファは〝すでに長男は家督を継ぎ、結婚もしております。若い夫婦には、口うるさい姑は邪魔でしょうから〟と笑い、キリルは〝イリダールに居ても、別に次ぐ爵位があるわけじゃないですし〟とあっさりと共に行くことを決め、キーラは〝一人家に残って、小姑扱いされるのはゴメンです!連れてってくださいっ〟と半泣きで懇願してきた。
「う~ん。さすがに、スカートの中に隠すのは無理です。残念ですが、レイピアを仕込んでいくことにします」
真剣に考えこんでいるキーラに優しい笑みを向け、ラリーサはテーブルの上にセットされたティーカップを手に取る。
「本当に心強いわ」
少し緩くなってしまったハーブティーに口をつけ、そう微笑んだラリーサにキーラは嬉しそうに破顔すると〝姫様のことは、私が守ります!キリル兄様になんて、任せておけませんっ〟とポンと己の胸を拳で叩いた。
◆◆◆
皇女とのお茶会の時間。〝こちらからお誘いしたのだから〟と、ラリーサは少し早めに国境門の応接室へと向かった。紅茶は皇女側が用意してくれるというので、お茶菓子はラリーサが用意することにした。〝今時の若い子は、どんなお菓子が好きなのかしら?〟と情けなく眉尻を下げたラリーサに代わり、お菓子を用意したいのはキーラだ。
「もう少し、女性の間で流行しているものを勉強しないといけないわね」
〝さっそく課題が一つ見つかった〟と溜息をついたラリーサに、キーラが〝私がサポートいたします〟と請け負ってくれる。そして、約束の時間。応接室へと入ってきた皇女に、ラリーサは座っていたソファーから立ち上がると、殊更丁寧にカーテシーをした。
「お初にお目にかかります。皇女殿下。イリダール王国第一王女。ラリーサ・イリダールでございます」
姿勢を戻し、にっこりと微笑んで見せたラリーサに、皇女は――アリーサ・トリーフォンはその翡翠色の瞳をこれでもかと大きくし、〝え?あなたが、お兄様に嫁がれる王女なのですか?〟と問うてきた。挨拶も無しに投げかけられた問いに、ラリーサは〝あらあら、まぁ〟と心の中で苦笑を浮かべ、〝はい〟と頷いて笑みを深めて見せる。皇女に随行してきた侍女や騎士たちも互いに顔を見合わせて戸惑っているのがわかる。ラリーサの背後で、礼儀に厳しいマルファが〝なんてことでしょう〟と小さな声で苦々しく呟いたのが聞こえた。
さて。ラリーサとしては、このままソファーを薦めてしまってもいいのだけれど、挨拶のないことを流してしまっては、イリダール王国の沽券にもかかわろう。そう理解しているから、ラリーサはニコニコと笑みを浮かべたまま、黙って皇女の出方を待った。何も言わないラリーサに、一瞬怪訝そうに眉根を寄せた皇女だったが、自分がまだ名乗っていないことに気づいたのだろう。ハッと小さく息をのみ、慌ててラリーサへカーテシーをして見せた。
「失礼いたしました。トリーフォン帝国第三皇女。アリーサ・トリーフォンでございます」
柔らかそうなウェービーな金髪が、皇女の肩のあたりでふわりと揺れる。皇女からの挨拶を受け、〝あまり交流する機会はないと思いますけれど、よろしくお願い致しますね〟とラリーサは皇女をソファーへと誘った。
「皇女様の侍女にどのような紅茶をご用意される予定かお伺いして、それに合いそうなお菓子をご用意しましたの」
〝キーラが〟と心の中で付け加え、ラリーサは背後に控えるマルファとキーラへ視線を向ける。それにスッと一礼し、マルファとキーラがお茶菓子の準備を始める。それに倣うように、皇女側も紅茶の準備を始めた。
テーブルを挟み、向かい合ってソファーに座る。しっかりと顔を上げてニコニコと笑みを浮かべるラリーサとは反対に、俯き加減の皇女はチラチラと上目遣いにラリーサへ視線を向けるばかり。そんな皇女を見て、ラリーサは些か心配になってしまう。15歳という歳を差し引いても、皇妃としては些か作法がなっていないように見える。それに、ふわふわの金髪のせいか可愛らしい印象が先に立つが、その双眸に宿る光は〝勝気〟だ。おそらく、気が強い方なのだろう思われる――単なる第一印象だけれど。
〝これは……エラーストとは相性が悪いかもしれないわね〟とラリーサは内心深い溜息をつき、脳裏に浮かんだ弟たちと従姉妹たちにエールを送る。なんとか、二人の仲を取り持って欲しいものだ。そんなことを思いながら、皇女の侍女が入れてくれた紅茶に口を付ける。と、目の前の皇女が驚いたように顔を上げ、瞳を瞬かせた。
「?どうかしまして?」
「い、いえ。あの……毒見を介さずにお飲みになったもので」
〝驚いて〟と決まり悪げに視線を彷徨わせる皇女に、ラリーサは〝あぁ〟と納得したように一つ頷く。
「失礼いたしました。私、些か〝毒〟には耐性があるもので」
〝毒見を通すという習慣がないのです〟と微苦笑し、ラリーサはキーラに用意した茶菓子を一口ずつ食するように告げる。
「〝毒〟に耐性のある私が食べるより、信用できますでしょう?」
そして、キーラが全てのお茶菓子を一口ずつ口にした後で、ラリーサは〝お好きなものをどうぞ〟と皇女へ薦めた。
変に探り合うのはラリーサの性に合わない。さてさて、警戒している〝仔猫〟をどうやって手懐けようかしら――なんて、ラリーサが紅茶を飲みながら考えていれば、菓子を一つ食べ終えた皇女が意を決したように顔を上げた。
「あ、あの。ラリーサ王女殿下」
「あら。どうぞ、リーサとお呼びくださいな。家族は皆、そう呼びますの」
手にしていたティーカップとソーサを膝の上に置き、ラリーサはにっこりと笑みを深める。
「あ、はい。えっと、では私のことはアリーとお呼びください。兄は、そう呼びます」
〝兄〟とは、トリーフォン帝国の皇帝のことだろうか。突然、一方的に皇女を――しかも〝欠片持ち〟である皇女を嫁に送るという書簡を寄こしたことから、何かやむにやまれぬ理由があるのだろうなと思ってはいる。さて、その〝何か〟を皇女はラリーサに教えてくれるだろうか。
「あの。リーサ様は、その……今、御幾つでいらっしゃるのですか?」
皇女が口にした疑問に、ラリーサは〝まぁ、やっぱり気になるわよねぇ〟というように片頬に手を添える。
「今年25歳になりましたわ」
嘘を言っても仕方がない。年齢ばかりはどうにもならない。キーラには1つ2つサバ読んでしまえと言われたけれど、ラリーサ自身、別に己の歳が恥ずかしいとは思っていない。重ねてきた年の分、人間として深みを増していると感じているからだ。
「に、25……。お兄様より、5つも年上……」
呆然とした顔でポソリと呟いた皇女に、ラリーサは苦笑する。
「えっと、イリダール王国には、私と年の近い王女殿下がいると聞いていたのですけれど」
「そうですね。王女というか、先王の姪なので傍系の姫になるのですけれど。確かに、アリー様と年は近いです。ですが、先日私の弟、第一王子と婚約したばかりでして」
「え?!第一王子と婚約されたのですか?!」
〝それは、いったいどういうことだ!〟と言わんばかりに身を乗り出した皇女に、ラリーサは〝あらあら、どうなさいました?〟と首を傾げて見せる。
「あ、あの、それは、〝側妃〟としてですよね?私、〝王太子妃〟として嫁ぐと聞いていたのですけれど」
皇女が僅かに声を震わせながら問うてくる。それに、一瞬、キョトンと瞳を瞬かせた後、ラリーサは〝あぁ、そういうことか〟と一つ小さく頷いた。
「何からどう説明するのがいいかしら。まず最初に、イリダール王国には〝王位継承権〟というものはありますが、そこに序列はありません」
「え?それは、どういう?」
「第一王子だから、正妃の子だから、側妃の子だからという柵は一切なく、皆一様に〝王〟となる権利を持つということですね」
〝我が国の王太子は、末の弟です〟と、ラリーサはにっこりと笑みを深める。
「す、末の弟?え?末?え?」
可哀想なくらい狼狽する皇女が助けを求めるように背後の侍女を振り返った。
「ご無礼を承知で、いくつか質問させていただいて構わないでしょうか?」
皇女に代わり、一番年嵩の侍女が口を開く。それに〝構いません〟とラリーサが頷けば、侍女は〝感謝いたします〟と深々と頭を下げた後、次々と質問してきた。
「王太子様はおいくつなのでしょうか」
「12歳です」
「では、アリーサ殿下と王太子様のご成婚の儀は、いつ頃を予定されているのでしょうか?」
「王太子が15歳になった年に行うと、王がお決めになりました」
「失礼ですが、傍系の姫様は、第一王子殿下とご婚約を解消し、トリーフォン帝国に嫁ぐことはなさらないのですか?」
「それはあり得ません。二人は、政略結婚ではなく、互いに心を通じ合わせた恋人同士ですの」
「……傍系の姫様はもう一人いらっしゃるとお伺いしているのですが」
「下の姫は、まだ10歳です。正妃の役目など無理ですわ。それに……」
〝あの子は、欠片持ちではありません〟と、ラリーサはスッと瞳を細める。そもそも、強引に双方の嫁入りを推し進めたのは、トリーフォン帝国側だ。王女の誰を送ろうが、とやかく言われるいわれはない。それまでの穏やかな空気を一変させたラリーサに、室内にピシリと緊張が走る。纏う雰囲気を変えたラリーサに、皇女側は動揺を見せる。イリダール王国ではまだ未成年とされる16歳の皇女と、長年王の代理として国政を取り仕切り、執務を回してきたラリーサとはそもそも格が違う。
「他に、質問はありまして?」
コロリと表情を和らげ、纏う空気を穏やかなものへと戻したラリーサに、皇女がホッと安堵の息をついた。
「……リーサ様は、〝欠片持ち〟なのですか?」
ラリーサに僅かの間でも気圧されたのが悔しいのだろうか、少し剣のある視線を向けてきた皇女にラリーサはにっこりと笑みを深めると〝それ相応の力は持ち合わせておりますよ〟と言って、膝の上に乗せていてたティーカップを持ち上げた。
次回、ようやっと皇帝が出てくる……はずです。