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3.書簡~1年前~

ちょっと前の話。

ナンバリング修正しました!!(3/13)

 王の執務室に置かれた柱時計が、コチコチと規則正しく時を刻む。平素よりも執務室に詰める文官の人数が少ないのは、現在緊急で開かれている〝外交会議〟に人を取られているからだ。ラリーサは己の執務机の上に積み上げられた書類を処理しながら、チラリと時計の文字盤へと視線をやる。会議が始まってからすでに2時間が過ぎている。会議で話し合われている内容が、先日隣国トリーフォン帝国から届いた書簡についてであるため、現王である祖父も出席しないわけにはいかないのは仕方がないのだけれど……。

「……大丈夫かしら」

 つい数日前まで風邪で寝込んでいた祖父を思いやり、ラリーサは小さく息を吐く。平素であれば、祖父と共にラリーサも〝会議〟へ出席するのだけれど、書簡の内容がラリーサに直接関わりのあるものであるため、今回の会議への出席は見送られた。とはいえ、議論の末、どのような結論が出るのかはだいたい予想出来る。

 さらに1時間を過ぎてようやっと執務室に戻ってきた祖父の顔色は、明らかに悪かった。

「お祖父様、今日はもうお部屋にお戻りになられては?お顔の色が酷いです」

 執務の手を止め、ラリーサは執務室に置かれたソファーへ深い溜息と共に腰を下ろした祖父の元へ歩み寄る。

「お疲れ様でした」

 祖父の右隣りに腰掛け、祖父と共に入室してきた侍従の1人へ王宮に詰めている侍医を呼ぶように告げる。

「何かお飲みになりますか?」

 額に左手を添えて僅かに俯く祖父の皺の刻まれた大きな手に己の手を重ねて、ラリーサは〝私特製の薬膳茶などいかがです?〟と尋ねる。

「ふふふ。お前特製の薬膳茶は、儂には苦すぎる」

「まぁ。子どものようなことをおっしゃる」

「老人など、頭でっかちの子どものようなものだろう」

 クスクスと互いに小さな笑声を重ねた後、ラリーサはソファーを立つと己の執務机の上に置かれたベルを手にとり数回鳴らす。すぐに、隣室に控えていた侍女数名が姿を現した。

「ハーブティーを用意してもらえるかしら」

「畏まりました」

 ラリーサの指示に一礼を返した侍女たちが下がっていく。

「ハーブティーか……お前が調合したものか?」

「はい。お祖父様が飲みやすいようにクセのないものを作りましたので、ご心配なく」

 〝レフたちもそうだけれど、お祖父様も存外に舌が子どもなのですから〟と笑って、ラリーサは再び祖父の傍らに戻るとその右手を取った。

「……結論は出ましたか?」

 ラリーサの問いに、祖父は苦々しい表情を浮かべ〝あぁ〟と首を縦に振る。

「トリーフォン帝国の書簡にあるとおり、トリーフォン帝国へ王女を送る」

 苦々しさを存分に含んだ声音で祖父が告げる。そらに〝まぁ、それが一番穏便ですよね〟とラリーサが微苦笑を浮かべて瞳を伏せる。

「ただし、誰を送るかについては……私に一存された。いや、させたと言うべきか」

 そう呟くように言葉を紡ぎ、祖父がそっとラリーサの左手を握り返す。


 現在、イリダール王国に〝王女〟と呼ばれるに値する女は3人だけだ。先王の娘であるラリーサと、先大公の娘が2人。ちなみに、先大公の娘たちは2人ともが未成年であり、かつ上の姫は先日第一王子であるレフとの婚約が調ったばかりだ。


「選択肢はあるようでないのではないですか?」

 苦笑を深めたラリーサに、祖父が〝……わかっている。だが、素直にそれを受け入れることが出来ん〟と僅かに声を詰まらせた。


 トリーフォン帝国からイリダール王国へと嫁いでくる予定の皇女は15歳――トリーフォン帝国の帝国法では成人しているとのことだが、18歳で成人としているイリダール王国では未成年の扱いになる。年齢だけを見れば、未成年の皇女と見合う王女は先大公の姫2人のどちらかになるだろう。しかし、年齢だけを鑑みるわけにはいかない理由がある。トリーフォン帝国の皇女―アリーサ・トリーフォンは、〝創造主〟から〝ギフト〟を与えられた〝欠片持ち〟らしいのだ。


 〝欠片持ち〟――それは、特殊能力を持つ者たちの総称だ。1人ひとりの力はそれほど大きくはないが、それぞれが特別な力を持つ者たち――ある者は〝風〟を操る力を、またある者は〝動物〟の気持ちを理解する力を……。その力の種類は様々で、その力を持って生まれてきた者は〝創造主より聖石の欠片を与えられた者〟と言う意味を込めて〝欠片持ち〟と呼ばれるのだ。

 〝欠片持ち〟の人数が、その国の国力に影響するとまで言われる存在だ。〝欠片持ち〟の皇女の代わりに嫁がせる王女も、同等の能力を持つ者が望まれる。トリーフォン帝国の意図はどうあれ、〝抗議〟や〝諍い〟の種になるようなことは避けるのが得策だ。

 3人の王女の中で〝欠片持ち〟であるのは、先大公の上の娘――レフと婚約したばかりのセラフィマだけだ。年齢も16歳と、トリーフォン帝国へ嫁がせる王女としての条件は揃っている。だが、レフとセラフィマは、互いに望んで婚約した恋人同士だ。その二人の間を引き裂くことは、誰も望んではいないだろう。ならば――一番綺麗に納まる方法は、ただ一つだ。


「私が参ります」

 にっこりと笑みを深め、ラリーサは己の手を握る祖父の手を握り返す。

「……ラリーサ」

 祖父が、悲し気にラリーサの顔を見つめる。

「レフとセラフィ―を引き裂くことなんて姉としてもしたくないですし、まだ10歳のスサンナを国交のない大国へ送るのは酷でしょう。私、確かに年はいってますけれど、それを補うだけの〝希少性〟は自負してますの」

 〝ふふふ〟と笑って、ラリーサは右手の甲へと視線を落とした。濃紺のレースのショートグローブに包まれた細い手――その手の甲には〝創造主の愛し子〟であるという証がある。


 〝創造主の愛し子〟――創造主より与えられるという聖なる石をその身に宿した者。欠片持ちの者たちよりもその力は大きく、その身に宿した聖石には創造主が創りし〝聖霊獣〟が宿っており、その力を行使することができる。〝聖石持ち〟は、この世界に10人いるかどうかという存在で、その希少性は〝欠片持ち〟の比ではない。


 そして、ラリーサは〝聖石〟を宿して生まれた者である。グローブに覆われた右手の甲には、白銀色に輝く水晶のような美しい聖石がある。〝欠片持ちの皇女〟が、年齢は重ねてはいるが〝聖石持ちの王女〟へと変わるのだ。トリーフォン帝国にとっても、損はないだろう。あまりいい顔はされないだろうけれど、送り返されることはない――と思う、たぶん……。

「お祖父様も、私が嫁ぐのがよいとお思いなのでしょう?」

 ラリーサの尋ねに、祖父が〝……お前ならば、彼の国でも上手く立ち回ることができるだろうからな〟と返す。

「お前には……貧乏くじを引かせてばかりだな。不甲斐ないものだ」

 ラリーサの手を離した祖父が、その手でそっとラリーサの髪を撫でる。

「……今のこの状況も。本来ならば、我が甥のうちの誰かが〝中継ぎの王〟となり、四兄弟の誰かに王位を繋ぐのが筋だろう。お前が、辛く苦しい思いをして、私の補佐……今ではほとんどお前が代行しているが……お前の仕事ではなかったはずなのに」

 〝お前にばかり負荷をかけている。わかっている。すまない……〟と頭を下げた祖父に、ラリーサは〝そんな弱々しいお顔、お祖父様には似合いませんよ〟と笑う。

「小父様方の意見も当然かと思いますし」

「……混乱した国を立て直すという重責から逃げただけだ」

「あら。手厳しい」

 〝ふふふ〟と笑って、ラリーサは〝確かに大変でしたけれど〟とその黒瞳に茶目っ気を浮かべる。

「お祖父様や筆頭公爵家を始め、上位貴族の皆様にたくさん泣かされて、たくさん鍛えて頂いたこと、私は感謝してます」

 〝授けて下さった知識や手腕は、私にとっての財産です〟と、ラリーサはにっこりと笑みを深めて甘えるように祖父の肩へと頭を預ける。

「……大丈夫です。私の要領の良さは、お祖父様もご存じでしょう?」

「そうだな。あっという間に、儂を超え、各署の筆頭文官たちを言い包めるようになりおった」

「まぁ。言い包めるなんて、人聞きの悪い」

 パッと祖父の肩から顔を上げ、ラリーサは頬を膨らめる。

「ははは。それだけ、能力が高いということだ。この国が〝女王〟を認める国であったならば、よい王になっただろうな」

「〝たられば〟は嫌いだと、前におっしゃっていましたのに」

 膨らめていた頬を戻し、ラリーサは小さく微苦笑を浮かべた。

「……今でも、〝たられば〟は嫌いだ」

「そうですか」

 コテンと、ラリーサが再び祖父の肩へと頭を預ける。

「国交がない国との婚姻となる。準備期間は最低でも1年はとる」

「はい」

「四兄弟へは、儂から話をしよう」

 ラリーサの黒髪を撫でながら、祖父が〝この髪を撫でてやれるのも、あと1年か……〟と呟く。

「納得してくれるといいのですけどね。エストあたりは、最後まで駄々を捏ねそうです」

 〝どうやって宥めましょうか〟と笑うラリーサが、〝そういえば、嫁いでくる皇女様のお相手はどうなるのですか?〟と視線だけを祖父へと向ける。

「……近いうちに、四兄弟で話をさせる」

 〝王太子の件も、予定が狂ったな〟と、祖父が溜息をつく。

「エストが15歳になったら……とおっしゃっていましたものね。一番、王位について関心が強いのがエストですけれど……」

「これ幸いと、双子とソゾンは王を支える側に立とうとするだろうな」

「双子は、文より武タイプですからねぇ」

「ソゾンは、優しすぎる。あれは、補佐の方があってるかもしれんが……」

 〝まぁ、どちらにしろ、決めるのは四人だ〟と、祖父が一つ息をつく。

「……お前には、穏やかに過ごすことが出来る嫁ぎ先を……と考えていたのだが」

「私は、教会で創造主様を讃えながら、のんびりと余生を過ごそうと思っておりました」

 〝思惑通りには、いかないものですねぇ〟と苦笑を零して、ラリーサは髪を撫でる祖父の手の優しさを心に刻みこむように瞳を閉じた。


世界設定のベースみたいなものは、(大雑把だけど)書けた感じです。

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