2.四人の弟
サブタイトルと内容に解離があるかもしれませんが、ご容赦を……。
「おはようございます、姉上」
「おはよ~」
そっくりな二つの顔がニコリと笑う。イリダール王国の第一王子レフ・イリダール。そして、第二王子ルスラーン・イリダール――今年17歳になる双子は、来年には成人の儀を控えている。二人の成人した姿を見たかったなと思いながら、ラリーサはふわふわと柔らかなアッシュブラウンの髪をくしゃくしゃと順にかき混ぜる。いつもならば〝子ども扱いは止めて〟と制止の声と手が飛んでくるのだけれど、二人は少し淋し気な笑みを浮かべて静かにラリーサの手を受け入れる。
「姉上に頭撫でられるのもこれが最後かと思うと……なんだか、淋しいね」
ほんの少し笑みを深めたレフの言葉に、ルスラーンが〝ほんのちょびっとだけね〟と右手の親指と人差し指をくっつけて見せる。
「指がくっついているけれど?」
「爪と爪の間くらいは、淋しいなって」
ラリーサの突っ込みに、ルスラーンがへらりと笑う。その笑みも淋しさを混ぜ返し、しんみりした空気を作り出さないようにというルスラーンなりの心配りだろう。
「おはようございます、姉上。今日はのエスコートは、僕とエラーストがします」
スッと背筋を伸ばした第三王子――15歳のソゾン・イリダールが、ラリーサへ左手を差し伸べる。最近、幼さの抜けてきたその手に右手を乗せて、ラリーサは〝ありがとう、よろしくね〟と微笑んで見せる。それに〝もちろんです〟と頷いたソゾンの、フェイスラインで切りそろえられた癖のないアッシュグリーンの髪がさらりと小さく揺れる。少し前まで、まだ僅かに下にあったはずのソゾンの視線は、今ではほとんど同じかほんの少しだけに上にあるだろうか。
「本当に、男の子は育ち始めると早いわね」
〝レフとルランも、あっという間に私の背を追いぬいて行ったし〟と、ソゾンと12歳の末弟――第四王子エラースト・イリダールの背後に立つ双子を見やる。
「あなたたちの今日のお役目は、なんなのかしら?」
〝私の手は二本しかないし。エスコート役は無理でしょう?〟と笑うラリーサに、双子は〝もちろん、護衛です〟とそれぞれの腰に下げた剣をポンッと軽く叩く。次いで、ルスラーンがラリーサの側で顰め面を作って俯いているエラーストに意地の悪い笑みを向けた。
「それか、エストの代わりに俺が姉上のエスコートしてもいいけど~」
からかいを交えた緩い口調で告げたルスラーンに、慌てたようにパッと顔を上げたエルーストが〝ルラン兄上!俺の役目を奪わないで下さい!〟と声を大きくする。そうしてから、柔らかな笑みを浮かべるラリーサの顔を見上げると、〝エスコートさせてください〟と喉の奥から絞りだしたような声で言い、右手を差し出した。ラリーサとよく似た黒い瞳に薄っすらと涙の幕が張っている。ラリーサは、己に伸ばされた右手に左手を乗せることはせずに、くしゃくしゃと一見固そうに見えて実はさらさらと柔らかなエルーストの黒髪をかき混ぜてから、まだ幼さの残る右手をきゅっと握りしめる。
重ねられるのではなく、しっかりと繋がれた手に、エルーストが不満そうに小さく唇を尖らせる。
「これでは、エスコートになりません」
エルーストの主張に、ラリーサはクスクスと笑って〝あら、いいじゃない〟と繋いだ腕をゆるゆると前後に揺らす。
「エストとは、手を繋いで歩きたいわ」
「……子ども扱いしないでください」
「じゃあ、今日は私が〝子ども〟になろうかしら。私と手を繋いでくれる?」
〝ダメ?〟と子どものような拗ねた表情を作って見せたラリーサに、エルーストは不満を残しながらも〝そういうことなら……〟とコクンと頷く。
「さて。エストが納得したところで、王宮に向かいましょうか。お祖父様が、待ってますよ」
「そうそう。いつもは一番最後に食堂に来るくせに、今日はもう席に着いてたよ」
双子に促され、皆がゆっくりと歩き出す。
「お祖父様も、淋しいんですよ、きっと」
ソゾンが、僅かに声のトーンを落とす。
「……なら、〝婚姻の申し出〟なんて断ればよかったんだ」
ムスッと口をへの字に歪めて、エルーストが不満と苛立ちを綯交ぜにして吐き捨てる。
「姉上は、この国に必要な人なのに……」
そう声を詰まらせた末弟に、ラリーサたちが微苦笑を浮かべる。
イリダール王国に、隣の大国――トリーフォン帝国より急ぎの書簡が届いたのは、1年ほど前のことだ。隣国とはいっても、イリダール王国とトリーフォン帝国とが接する面はほんの僅か――二つの隣国の隙間に針を通した程度の面積しかない。とはいえ、僅かでも接している限りは隣国となる。
外交に力を入れているイリダール王国だが、その実、その書簡が届くまでトリーフォン帝国との交流は皆無だった。というのも、トリーフォン帝国は他国との交流をほとんどしておらず、いわゆる〝鎖国〟も同然の状況だったのだ。そんな国からの突然の書簡に、王であるラリーサの祖父と外交部は〝いったい何事か〟と正直戸惑った。しかも、その内容が――。
〝現皇帝――アリスタルフ・トリーフォンの実妹であるアリーサ・トリーフォンをイリダール王国へ嫁がせたい。重ねて、そちらの王女を皇帝の正妃として迎えたい〟
というものだったのだ。
すぐさま城に主要な貴族たちが集められたのは言うまでもない。様々な意見が飛び交い、最終的に出された結論は――〝トリーフォン帝国へ王女を送る〟こと。書簡を無視する若しくは断りを入れるという意見ももちろん出たが、接している面が小さいとはいえ、相手は大国。万が一、それを口実に攻め込まれてしまえば、今のイリダール王国にそれを迎え撃つ国力はない。これが10年前に起こったことであれば、断りを入れることも出来ただろうけれど……。
10年ほど前にイリダール王国を襲った流行り病。未知の病に、王国の人口は三分の二にまで減少した。あの頃の惨状を思えば、よくその程度の減少で済んだと言えないこともない。だが、机上の数字以上に、その流行り病はイリダール王国に深い爪痕を残していったのだ。
まず、当時の王――ラリーサたちの父が亡くなった。それだけではない。正妃であったエルーストの母、3人の側妃――そして、王弟であったバジョーフ大公も亡くなってしまったのだ。その時、ラリーサは成人前の15歳。末弟のエルーストに至っては2歳だ。大公の娘たちも同様にまだ幼かった。その時点で、イリダール王国には王位継承権を持つ成人した者が1人もいなくなってしまったのだ。
イリダール王国では王室典範により王位を継げるのは成人した男性王族のみと決められている。そして、一番早く成人を迎えられるラリーサには、王位継承権はない。貴族籍に降りた亡き王の従兄弟たちを王族へ戻すことも検討されたが、それは当人たちに首を横に振られてしまった。王位継承権を持つ王子が全くいなくなってしまったわけではない。必要なのは、王子たちが成人するまでの10年余りを埋められる〝中継ぎの王〟だ。自分たちが王族に復帰すれば、自分たちの子どもたちにも王位継承権が与えられる。子どもたちには〝王の臣下となるため〟の教育しかしておらず、これではいたずらに王子たちの王位継承を混乱させることにもなりかねない。
元王族としての稔侍――未来の国の安寧を国する者たちの意見を無下には出来ず、最後には王位を息子に譲った後、国の端にある療養地で隠居生活を送っていた祖父に復位してもらい、王族の中で一番年上だったラリーサが政務の代行をするという形に落ち着いた。王位継承権のない王女でも、政務の手伝いをすることは可能であったから。
あれから10年。復位した祖父に毎日のように叱られ、城に努める文官たちに多くのダメ出しをくらいながら、ラリーサは寝る間を惜しんで政務に当たった。そしてようやっと、かつての賑わいと落ち着きを取り戻した。けれど、三分の二まで減った人口は10年やそこらで元になど戻らない。
「確かに、姉上はこの国に必要だよね。今いる王族で、姉上以上に政務に通じている人はいないし」
「俺たち4人合わせて、ようやっと姉上1人分だからな」
エルーストの言葉に、双子がうんうんと納得するように首を縦に振る。
「でも、実際トリーフォン帝国の届いた書簡を突っぱねることなんて、今のイリダールには無理ですよね」
〝残念ながら……〟と、ソゾンが悔しそうに眉間に皺を寄せる。
「……俺が、姉上より先に生まれてさえいれば」
ポソリと苦々しく呟いたエルーストに、ラリーサが〝え?それは嫌よ〟と顔を顰めた。
「エストが私より年上になってしまったら、あの可愛らしいエストの姿を見れないってことじゃない」
〝そんなの絶対に嫌〟と首を左右に振ったラリーサに、エルーストが〝俺の赤子の頃の可愛さなんてどうでもいいんですよ〟と唇を尖らせる。
「おっ、自分が〝可愛い〟ことは認めるんだな」
からかったルスラーンに、エルーストが〝兄弟の中で、俺が一番可愛いです〟と言いきった。
「……あ、うん。はい」
あまりにもはっきりと言いきられ、ルスラーンがぬるい笑みとともに僅かに身を引く。
「あはは。末っ子はいくつになっても一番可愛いものかもね」
そう言って笑ったレフを振り返り、ラリーサが〝あら、レフもルランもソゾンも、可愛かったわよ〟と笑う。
「もちろん、今でも可愛いわね」
〝うふふ〟と笑みを深めたラリーサに、弟たちが互いに互いの顔を見合わせると〝可愛いじゃなくて、かっこいいと言ってください〟と言って笑った。
【年齢設定】
ラリーサ 25歳
レフ 17歳
ルスラーン 17歳
ソゾン 15歳
エラースト 12歳
ラリーサと弟たちの年齢差がある理由は、追々どこかで……。