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ド田舎出身の美少女、世界最高の料理人を目指す!  作者: ゆきはら
はじまりの村 ノストヴァイン
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美食亭でのお仕事⑤

美食亭でのお仕事⑤

 居酒屋も兼ねている美食亭の夜の営業は、最初から最後までずっと賑やかだ。昨日エリスが味わった魚のスープや、塩漬け肉をおいしく食べられるように調理したものや、他にも様々な料理を運びながら、エリスはよだれが垂れそうになるのを飲み込んでいた。


(うう、お腹すいたなあ)


 お昼に食べたまかないのパンケーキは、それはそれは美味だったものの、いかんせん量が足りなかった。食いしん坊のエリスは時折酔っ払って上機嫌のお客さんから餌付けのようにおすそ分けをしてもらいながら懸命に働いた。ノストヴァインの村の男たちは揃って陽気で、どうやらドグラスのような気難しく見える人の方が珍しいらしい、ということをエリスは察していた。機嫌よく酔っ払った男たちを、アンネと同じように豪快な女性たちが叱り飛ばしながら引き摺っていく。


「ほらあんた、いい加減帰るよ!」

「もう一杯くらいいいだろ?」

「だーめ! もう酒に使える金なんてないよ!」


 陽気な歌声が響いていた食堂から一人、また一人とお客さんが家に帰っていく。少しずつ静かになった食堂は、やがて朝と同じように、エリスとアンネとドグラスだけになった。


「さ、あとは皿洗いだね」

「がんばります!」

「その前に……腹減ってないかい?」


 腕まくりをしたエリスを遮って、アンネが何か企んでいるように笑った。そんなアンネの表情に気付くより先に、エリスのお腹はぐう、と音を立てていたのだが。

 

「……っ、まかないですかっ!?」


 ドグラスの美味しい料理を三食食べられるなんて! と感激しながらエリスが言うと、二人は穏やかに微笑んだ。

 

「そういうこと。まあ、残り物を煮込んだだけのもんだけどね」

「エリス」


 ドグラスがエリスの目をまっすぐ見て名前を呼ぶ。もしかして、と思ってエリスは背筋をぴっと伸ばして返事をした。


「やってみるか?」

「はい!」


 ドグラスの料理を食べるのも幸せだけれど、エリスの旅の目的は最高の料理人になることだ。エリスは初めてキッチンの調理台の方に立たせてもらって、心底わくわくした。ここまでの時間は、入っても皿洗いのための水回りまでだったのだ。きらきらと光る銀色の調理器具たちに、エリスの胸は躍る。


「えっと、何からしたらいいんでしょう?」

「まずは、包丁の握り方からだ」


 ドグラスが包丁、と呼んだそれを、エリスは恐る恐る手に取った。エリスが今まで使ってきたナイフよりも一回り大きい。切れ味は、たぶんエリスのナイフの方がいいだろう、ということがエリスは直感的にわかった。調理用にしか使わないナイフなら、切れ味がよすぎても怪我の元なのだろう。


「こうやって、柄をしっかり握る」

「こう、ですか?」

「そうだ。人差し指を包丁の背に添えるか、握り込むかは好きにしろ」


 ドグラスが隣で一緒にやってくれているのを、見様見真似でやってみる。ぎゅっと握った包丁は思ったよりも重たくて、エリスは今更ながらドキドキしてきた。


「包丁で切るときは、押して引く」


 調理台の上に置かれたじゃがいもを、ドグラスがお手本、と言いながら切った。真似しようとしてエリスが思い切り上から力を入れたところで、ドグラスに止められる。


「そんなに力は入れなくていい。こう、向こう側にスライドさせる」

「こう、かな?」

「そうだ。そして、同じように引く」


 すとん、と刃が落ちて、エリスの手元のじゃがいもが半分に切れた。おお、とエリスが感動していると、ドグラスが残り少しになっていたじゃがいもの皮を剥いてどんどんエリスのところへと並べていった。見本のじゃがいもは、今エリスが切ったものを、あと二回切ったくらいの大きさだ。


「どんどん切ってくれ。今日はこれでまかないを作る」

「は、はい!」


 三人分とはいえ、初めて包丁を握ったエリスには十分な量だった。それでも何回か切るうちにコツを掴んできて、エリスは無事に全部のじゃがいもを見本とだいたい同じ大きさになるように切ることができた。満足して調理台に包丁を置くと、包丁を置くときは刃を自分じゃない方に向けるようにすかさずドグラスから指導が入った。


「今日は、あとは見ておくといい」


 時計を見ると、あっという間に三十分も経っていた。初めてで手際の悪いエリスを、二人はずっと見守っていてくれたのだと気がついて、エリスは恥ずかしさとありがたさでいっぱいになった。

 エリスが切ったじゃがいもは、水の入った鍋に入れられて柔らかくなるまで煮られて、鍋から取り出してしっかりと押し潰された。これが今日の主食だ。それから他にも残っていた野菜や、お客さんには出さなかった切れ端などをドグラスがあっという間に細かく刻んで別の鍋に放り込む。こっちが今夜のスープになるらしい。エリスがじっと見ていると、アンネが面白がって隣でくすくす笑っていた。


 こうして、エリスの美食亭での最初の料理人修行が始まったのだった。

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