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ド田舎出身の美少女、世界最高の料理人を目指す!  作者: ゆきはら
はじまりの村 ノストヴァイン
3/24

山の麓の村がもう別の文化圏でした②

「はぁ、あの噂の村、実在したのね」

 

 お店が閉まってもエリスは美食亭にいた。エリスのいた村では食べ物も洋服もすべて物々交換で成り立っていたが、ここではそうはいかないのだと、うさぎの毛皮への驚きが落ち着いた女将さんが言っていた。でも、エリスに手持ちのお金はない。どうしたものかとエリスが悩んでいると、女将さんはニカッと笑った。


「まあまあ、とりあえずしばらくはうちに住みな! ノストヴァイン村一番の食堂、『美食亭』にね!」

「いいんですか?」

「もちろん、仕事はたくさん手伝ってもらうよ」


 エリスは目を輝かせて頷いた。料理人になるためには、いい食堂で修行を積むのが大事だと、エリスが出会ったあの旅人は言っていた。


「私もお料理をするんですか?」

「そうさねえ、どうする? あんた」

「料理の修行なら、まずは皿洗いだ」


 いつの間にかキッチンから店の中へと移動していた気難しそうな男性に、エリスは少しだけ肩をすくめた。まず身長が大きい。エリスの倍近くあるだろうか。大きく膨らんだ服の袖からは、その下にある腕が筋肉でぱんぱんなのを想起させる。ぎゅっと眉間にシワの寄った顔は、鼻から下を覆っている立派な髭で、元々強面であろう顔をより怖く見せていて、エリスはきっとお店で出会わなかったらこの人のことが料理人だなんて想像もできなかったに違いない。でも、この人があのおいしい料理を作った人なのは知っている。おいしい料理を作る人に悪い人はいない、とエリスは思っていたから、すぐににっこりと笑った。


「はい! まずはお皿を洗うんですね、がんばります!」

「混んでる時は接客もしてもらいたいな。それでいいかい?」

「もちろんです。ありがとうございます! ひゃう!」


 勢いよく頭を下げて、豪快にごちんと頭を机にぶつけたエリスに、女将さんたちは腹を抱えて笑っていた。笑いすぎて浮いた涙を拭って、女将さんはエリスに手を差し出した。


「あたしはアンネ。こっちは旦那のドグラス。次の街へ行く旅費が貯まるまで、うちで世話してやる。で、お嬢ちゃん、名前は?」

「エリスです。よろしくお願いします、アンネさん、ドグラスさん!」


 それからエリスはアンネたちにこれまでの短い旅で起きたことと、旅に出ることにしたきっかけを話した。エリスが狩りと食べられる野草で食いつないで山を三つ越えてここまで来たことに、無表情で腕を組んでいたドグラスも少し目を見開いていた。


「あの村、本当に大変な場所なんだねえ」


 ここから山を三つ越えたところに、古くからの生活を続けている小さな村がある、というのはノストヴァインの村にも知られていたが、そこまでの道はあまりにも険しく、食糧も乏しいため、もはや都市伝説のような扱いになっていた。アンネはうんうん、と深く頷いて、エリスを同情するように見つめていた。

 

「私は生まれた時からずっとそうやって生きてきたので……焼く以外の料理を食べることができて、感激なんです!」

「……他にも、教えてやる」


 ドグラスが腕を組んだままぼそりと言ったのに、エリスは跳ね上がって喜んだ。ぱっと明るくなったエリスの顔を見て、アンネたちは顔を見合わせて頷いた。


(こりゃ、いい看板娘になる)

(んだな)

(旅を再開するまでに、めいっぱい可愛がってやろうじゃない)


 ひそひそと相談し終わると、アンネはよいしょ、と立ち上がってエリスを手招きした。連れられるままにエリスが向かうと、店の奥にひっそりと階段があるのに気がついた。


「この上があたしたちの家さ。昔は宿もやってたから、部屋だけならいくつかある。すぐに使える部屋でいいかい?」

「はい。寝床があれば大丈夫です」


 じゃあここだね、とアンネが扉を開いた腕の下からその素朴な部屋が見えた。店の外観と同じく、部屋の中木の温もりで満ちた可愛らしい部屋で、外に突き出した両開きの窓の側に小さな一人用のベッドがあり、反対側にはこれまた一人で使う用にちょうどいい大きさの机と椅子のセットが置かれていた。ちょっとしたクローゼットもついていて、今のエリスが暮らしていくには十分なものになっていた。


「可愛い部屋……!」

「ふふ、そうだろう? 宿をやっていた頃は評判だったさ」

「もうお宿はやらないんですか?」

「ああ、もうあたしも旦那も年だからね。無理はしないってことさ。さ、可愛い部屋と美味い料理の分、明日からたんと働いてもらうからね! ゆっくりおやすみ」


 いたずらっぽく笑うアンネに、おやすみなさい、と返事をして、エリスは荷物の整理だけしてから眠ることにした。残っていた野草やハーブの詰まった袋はとりあえず机の上に置いて、何枚かだけ持ってきた衣類はクローゼットにしまい込んだ。片付けが終わると、エリスはぐっと伸びをして窓の外を見た。夜になっても街は明るく、それでいて山の中よりもずっと静かだった。


(ここから始まるんだ……)


 少しだけ不安な気持ちも芽生えてはいたけれど、アンネとドグラスという親切な人にも出会えた。明日からの毎日への希望を夢想しながら、エリスは布団の中へと潜り込んだのだった。 

やっとエリスちゃんの生活基盤の話まで来られました。不定期更新なのに見ていただいている方、評価入れてくださっている方、ありがとうございます。

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