別れ
1
今迄はクラスの写真部部員と一緒になって飯を食っていたが、最近は1人で食うことが多くなった。まぁ、俺があれだけ無視すれば、逆に無視されても仕方ないだろう、と考えていたら、紗希が大小2つの弁当箱を持ってきて、俺の対面に座った。
「食べよ」
紗希は微笑みながら言う。
「ヤバくね?大久保が睨んでるぞ」
「いいじゃん。そんなこと気にするなんて舜輔らしくない」
「俺のことじゃねぇよ。紗希がシカトされるぞ」
「いいの。私には舜輔がいれば十分だから」
そう言いながら紗希は2つの弁当箱を開けた。
「お前、これ・・・」
お揃いのキャラ弁。
「可愛いいでしょ!」
「・・・そうだね・・・」
可愛さ大爆発のキャラ弁をボソボソ食い始めたら案の定冷やかしが入る。
「お~!見せつけてくれますね!」
「何時結婚するんですかぁ?」
ある程度の冷やかしは我慢できる。しかし、[結婚]云々は俺の逆鱗に触れた。
「何だとこの野郎!」
「舜輔!」
立ち上がった俺の袖を紗希が引っ張る。
「何だ、やるのか、てめぇ!」
「外に出ろ!このクソッタレ!」
「何してんのよ!人の御弁当が羨ましいの?このキモイ童貞が!」
以外だった。大久保が冷やかした奴の正面に立って啖呵を切っている。冷やかした2人は大久保の啖呵に制圧され、無言で教室から出て行った。あっけに取られている俺に、大久保はサムズアップして無言で立ち去った。
「クボちゃん、すごいね」
「どうなっているんだ?さっきは俺のこと睨んでいたのに」
「そう言えば、クボちゃん、今日は眼鏡どうしたんだろ?」
「えっ、それじゃ睨んでいたんじゃなくて・・・」
「目を細めていただけだと思うよ。そんなことどうでもいいから、早く食べようよ!」
安心した。大久保達は紗希を見守ることにしたようだ。クラスのボス的存在の大久保が紗希の側にいるのであれば、大概のことは大丈夫だろう・・・
2
放課後、紗希を誘ってイオンモールにあるそこそこ有名な洋菓子屋に赴いた。当然、紗希のバースデーケーキを注文するためだ。
「これ可愛い!あっ、でもこっちの方がいいかな!ねぇ、どっちがいいと思う?」
「自分で決めろよ。紗希の誕生日なんだからさ」
紗希の母親から20,000円を預かっていたが、紗希は次第にその金額を超えるケーキを物色し始める。
「あのさ、予算があるから・・・」
「いいじゃないの。来年はないんだから」
確かにそうだ・・・これは紗希にとって最後の誕生日になる・・・
「うん、これにしよう!いいよね?」
「税込みで25,000円か・・・蝋燭は別だと!」
「すみませ~ん、この25,000円の、注文したいんですけど!」
「ちょ・・・あの、店員さん、蝋燭はサービスですよね?」
「キャンドルはオプションでして、税込みで1本100円になります」
まぁ、多少の持ち出しは覚悟していたけど、6,700円の出費はさすがに痛い。
「じゃ、キャンドルは17本でお願いします!」
「かしこまりました。ケーキ本体とキャンドル17本で、御会計は26,700円になります」
「・・・じゃ、これで・・・」
俺は3万円出した。まぁ、いいか・・・金じゃ買えない笑顔がここにあるのだから・・・
3
「俺は注文したケーキ取ってくるから。遅くても5時には行けると思う」
「じゃ、家で待っているからね!」
学校からイオンモールまで歩いて10分程度だ。早ければ4時半には紗希の家に着く。俺は鼻歌を歌いながらイオンモールの洋菓子屋まで赴き、ケーキを受け取ろうしたが蠟燭が足りない。同じ蝋燭が17本揃うまで時間がかかってしまった。それでもまだ4時半だから余裕で5時には紗希の家に着く、はずだった。
「もう6時か・・・遅いわね、島君・・・」
「さっきからLINEの応答もないし電話にも出ないし・・・何処で道草してんだろ?」
《本日午後4時半頃、イオンモール桜町の駐車場で酒井和夫容疑者(84)が運転する乗用車が突然暴走し歩行者用通路にいた11人を次々に撥ねたうえ、展示中の物置に衝突し止まりました。この事故で、主婦の川上啓子さん(32)と高校生の島舜輔さん(17)の死亡が確認され・・・》
「えっ・・・」
「何これ・・・」
テレビの画面には、イオンモールで起きた事故の映像が流れていた。そこには、血にまみれた俺のデイパックが映し出されていた。
「嘘でしょ・・・嫌っ!嫌っ!」
「紗希、しっかりして!紗希!」
紗希は半狂乱になり、気を失った
「お父さん!救急車!早く!」
「お、おう!」
4
退院後、紗希は自室に閉じこもった。食事もせず、学校にも行かず、友人や担任が見舞いに来ても部屋から出ることはなかった。そして、日増しに衰弱していった。
事故から5日後、買い物から帰ってきた母親が廊下に倒れている紗希を見つけ、救急車で件の病院に搬送した。
「強度のストレスで免疫力が低下し、癌がラッシュ状態になっています・・・後3日もつかどうか・・・」
両親は覚悟を決め、最期の日まで紗希と一緒にいることにした。紗希も両親の対応から自分の命が燃え尽きることを悟っていた。
そして最期の日・・・
「・・・私、怖くないよ・・・舜輔が待っているから・・・天国で・・・舜輔と一緒になるから・・・お父さん、お母さん・・・ありがとう・・・」
「紗希!」
「紗希!」
ベッド横のバイタルセンサがアラートを出す。医師と看護師が駆け付けた。既に心臓拍動と呼吸は停止している。医師は何回か瞳孔散大と対光反射停止を確認すると、両親に頭を下げた。
「御臨終です」
「紗希・・・紗希」
俺はベッドに横たわる紗希に声をかけた。暫くすると、紗希はベッドから起き上がり、俺の傍らまで歩いてきた。
「待った?」
「いいや・・・行こうか?」
紗希は静かに頷く。
「紗希、これからはずっと一緒だ・・・」
「うん・・・」
俺と紗希は手を繋ぎながら、光の階段を登った。