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35日  作者: 赤虎
3/4

束の間の幸せ

1


「よう!」

「うす!」


翌日の朝、廊下で友人達と挨拶を交わしながら、俺は教室に入ろうとした。そこには紗希の姿があった。友人達に囲まれ談笑している。


(何で紗希がいるんだ?学校に来る意味ないのに・・・)


「島、入り口で突っ立ってんじゃねぇよ」

「・・・ああ、すまん・・・」


暫くの間、入り口で呆然と立ちすくんでいた俺に友人が声をかける。それで俺に気付いた紗希は振り向いて軽く手を振った。友人達は紗希の背中を軽くたたいたりしてからかっているようだ。


(どうして紗希がいるんだ?)


残り3ヶ月、勉強したところで何になる?それより、旅行するとか、美味しい物を食べるとか、映画を沢山観るとか、その程度の我儘なら両親も許すはずじゃないか。紗希は何を考えているんだ?俺には全く分からない。


2


「舜輔!一緒に帰ろ!」


放課後、紗希は俺に声をかけた。一昨日の一件から、お互い名前で呼ぶようになっていた。


紗希の家は学校を挟んで俺ん家の反対側にある。もっとも、学校から歩いて15分程度なので遠回りにもならないし、途中で何かあったら大変だから言われるまでもなく、俺は紗希を家まで送っていくつもりでいた。歩きながら、俺は紗希に尋ねた。


「何で学校に来るんだ?退院前に、したいことを大量にリストアップしていただろ?」

「あれを実行するにはね、ある要素が不可欠なんだよ」

「何だそれ?」

「舜輔と一緒にするってこと。君がいないと、意味ない」


そうか、紗希は俺と一緒にいる時間が何よりも大切なのか・・・だから、学校に・・・


「そうか・・・」

「私、1年の時から舜輔が好きだったんだよ・・・親の言うこと聞いて、先生の言うこと聞いて、いい子にしていればそれなりに幸せになれると思っていた・・・でも、舜輔は違った・・・誰が何言おうがお構いなし、何時も自由で、それでも普通の人ができない成果を出していた・・・1年で部長になって廃部寸前だった写真部を再建して、学校に相談しないで勝手に隣町の高校と合同で写真展したりさ・・・5月の体育祭のクラス対抗リレー、第二走者で6人抜きをして、ビリでスタートしたのに2番まで順位を上げてバトンタッチしたり・・・舜輔はいつも輝いていた・・・眩しかった」

「それ、買い被りじゃないか?」


俺は自分に自信がある。しかし、紗希にここまで肯定的に評価されると何だかこそばゆい。


「私はありのままを言っただけだよ」

「じゃ、俺は結構モテたんだな?」

「調子に乗らない!皆から、特に女子から何て言われているか知らないの?」

「知らない」

「生ゴミ」

「はぁ?」

「舜輔を只一人理解していたそんな私を、君は1年の夏に振ったんだよ!」

「何のこと、それ?」

「酷い!覚えてないの!あの日、私は悲しくて悲しくて、大泣きしたんだから!」

「否、そう言われても記憶が・・・まさか・・・紗希、お前さ、LINEのプロフィール名を変えてないよな?」

「うん、入学した時のままだけど、それが何か?」

「ジャガイモ姫なんて変なプロフィール名使うから・・・」

「いいじゃないの、私、ジャガイモが好きなんだから!」

「ああっ、何てこったい・・・」


1年の夏休み、ジャガイモ姫を名乗る菊池さんから映画のお誘いがあった。しかし、その時俺は、ジャガイモ姫というプロフィール名だけに反応していまい、容姿がジャガイモとは無縁の紗希を簡単にスルーしてしまい、正にジャガイモのような容姿で同じ写真部の菊池若菜からのお誘いだと勘違いして断ったのである。メッセージ本文に菊池としか書いてなかったことも判断ミスの原因だ。俺は頭を抱えたまま、紗希に事情を説明した。


「何それ。私のせいだって言いたいの?」

「そうじゃないよ・・・何なんだよ、これ・・・」


俺は自分の間抜けさを呪った。結果論かもしれないが、あの時、紗希の思いを受け止めていれば、もっと紗希と一緒にいることができたかと思うと頭が壊れそうになる。紗希は口を尖らせ拗ねた態度でスマホを制服のポケットから取り出すと、何やらメッセージを打ち始めた。


「勘違いで私の思いを踏みにじった君に罰を与えます」

「はい、何なりと・・・」

「これから私の家に来ること、そして、一緒に御飯を食べること!分かったら家に連絡して。今日は友達の家で御飯食べるからいらないと」

「はい、分かりました・・・」


俺は母親に電話し、今日の晩飯はいらないと告げた。紗希は何だかんだ理由を作っては俺との時間を得ようとする。ただ単に一緒にいて欲しいと言えば済むのに、それを口にするのが恥ずかしいのだろうか?それとも彼女なりのプライドなのだろうか?でも、そんなことは俺にとってどうでもいい。今は、残り少ない時間を紗希の思いどおりに過ごすことさえできればそれでいい。


3


「ただいま!舜輔を連れてきたよ!」

「島君、さぁ、遠慮なく上がって!紗希、先にお風呂入ったら?」

「そうだね、汗かいたらそうするよ!」


紗希は2階の自室に駆け足で向かうと、直ぐに着替えを持って駆け足で降りてきて、奥の風呂場に直行した。こんな時間に風呂とは早すぎやしないかと思っていたら、母親が話し始めた。


「島君、そこに立っていないで座って」

「はい」

「紗希には残りの時間を自由に過ごして欲しいから、学校にも行かなくていいと昨日話したの。そうしたらね、明日から学校に行きたいと言い張ったからその訳を聞いたら、島君に会いたいからだって・・・私も夫も、反対したわ。でもね、紗希の思いを優先させるのであれば、島君、貴方と一緒にいることが紗希にとって一番の幸せなんじゃないかと思い直して学校に行かせた。そうしたらさっき、島君を連れて来るから晩御飯お願いねってメッセージが届いて・・・あの子ったら・・・」


紗希の母親は、最後は笑いながら話していた。


「紗希に自由にしていいと言った以上、これも紗希の自由意思だから私達は尊重することにした。島君、暫くの間、紗希の我儘に付き合ってね、お願いだから」

「とんでもありません・・・紗希、さんと一緒にいることはお、僕の意思でもありますから・・・」

「ありがとう・・・さっ、御飯ができるまで、暫く寛いでいて」

「はい」


暫くすると、紗希が風呂から出てきた。制服姿の紗希は、清楚としか言いようがない。しかし、普段着を着た湯上りの紗希には一種の妖艶さがあった。そんな紗希を見つめていると紗希は小さく笑い、タオルで髪を拭きながら俺の前に立った。


「お腹切った跡って結構エグイよね。見る?」

「はぁ?バカ言ってんじゃねぇよ」


紗希ってこんなキャラだったのか?入院前はろくに話したことがないから分からなかっただけか?それとも家にいるから油断しきっているのか?それとも・・・


「何よ、偉そうに」

「晩飯まで時間あるだろうからさ、宿題済ましちまおうぜ」

「よし、片付けちゃいますか!」


晩飯が出来上がる頃には、父親も帰宅した。以前は終電で帰宅することが多かったそうだが、紗希の退院後は定時退庁するそうだ。実は、紗希の父親は中央省庁に勤務する国家公務員で、今より遥かに早く帰ることができる出先機関や外郭団体に異動を希望しているそうだ。やはり、紗希との時間をできるだけ確保したいのだろう。


4


紗希の病室で[勉強]していた頃は、俺は帰宅時間が22時を過ぎても家で晩飯を食べていた。しかし、紗希が退院して以降は毎日紗希の家に行っては宿題を済ませ晩飯を頂き、紗希の部屋で21時過ぎまで雑談したりゲームをしたりして過ごしていた。当然、家で晩飯を食べることもなくなった。

こんな非常識な[客]を紗希の両親は毎日笑顔で迎えてくれた。挙句の果てには、泊っていかないかと誘われたこともあった。紗希が望んだのかもしれないけど、いくら何でもそれは辞退した。

だけど、あれだけ嬉しそうにはしゃいでいた紗希が、翌日瞼を腫らして登校している姿を目の当たりにすると、胸が抉られる思いだ。俺が帰った後、泣いていたんだろうな・・・


「舜輔ったら、最近御飯すら食べなくなって・・・何してんだろ・・・」

「多分ね、彼女の家で食べてるよ」

「そんなことあり得ないでしょ!」

「お兄ちゃんが帰ってくると、何時も甘い香りがするんだよね・・・あれ、香水の香りだよ。しかも、しっかりハグしないとあそこまで香りが残らない」

「そんな・・・」

「クラスメイトの女の子が入院したって、お母さんも知ってるでしょ?」

「そりゃまぁ・・・」

「元々両想いだけどお互いに告白できない2人がいて、彼女が入院して、それをきっかけにしてお兄ちゃんが告って付き合い始めたけど、彼女は大病を患い余命数ヶ月。そんな彼女を大切に思うお兄ちゃんは、少しでも彼女と一緒にいようと生活の全てを犠牲にして・・・ああっ、何て素敵なんだろ!私もお兄ちゃんみたいな人に愛されたいなぁ!」

「・・・さすが最狂の厨二だね。妄想だけは一人前。香織に相談した私がバカだった」

「何よ、それ!」


母親は俺の行動が理解できず妹に相談した。俺が紗希の存在を話してしまえば済むことかもしれないけど、一度外に出た情報をコントロールすることはできない。紗希が余命3ヶ月などという情報が巷に広まったら、今迄そのことを隠して気丈に振る舞ってきた紗希の努力が否定されかねない。そんなことになるくらいなら、周囲から俺がどう思われようと知ったこっちゃない。


5


「佐野先生」

「何ですか?教頭先生」

「貴方のクラスの男子生徒が、また問題を起こしているそうですね?」

「何のことでしょうか?何をおっしゃっているのか分かりませんが」

「そうですか・・・去年も問題を起こした、島舜輔君が女子生徒の家に入り浸っているそうじゃありませんか。その女子生徒が入院中も、ほぼ毎日消灯時間まで個室で一緒にいたという噂もありますが」

「ちょっと待ってください、教頭先生。去年、舜輔が問題を起こしたと、何処に記録があるのですか?写真展のことをおっしゃっているのでしょうけど、あの件は職員会議で大野先生がおっしゃった、元気があってよろしい、との一言で不問になったはずです」

「・・・」

「それと、菊池さんの入院中のことに関しては、私が舜輔に彼女の勉強が遅れないようにレクチャーしてくれと頼んだ結果です。舜輔の問題行動ではありません。それに、病室で男女間の不祥事が起こると教頭先生は本気で考えていらっしゃるのですか?そうだとすれば、それ、AVの見過ぎですよ」


周囲の教師達は必至で笑いを堪えている。彼女が俺にレクチャーを頼んだと言うのは事実ではないが、思わぬ援軍が現れた。


「では、島君が女子生徒の家に入り浸っていることは問題行動として御認めになられるのですね?」

「高校生の男女が夜な夜な繁華街をたむろしているのであれば、御言葉のとおり問題行動でしょう。ですが、舜輔が菊池さんの自宅にいる時間帯は、少なくともお母様が御一緒だと菊地さん本人から聞いています。こうした状況下、つまり保護者の監督下で、男女間の不祥事が起きると本気でお考えですか?」

「しかし、高校生らしからぬ行動です」

「高校生らしいとか、そんなどのようにでも解釈できる曖昧な言葉で生徒達を拘束することに、私は反対です。そんな安っぽい言葉で彼等を小さな鳥籠に押し込むことなく、多少危険であっても大空に放ち目的地まで飛んでいけるようにサポートするのが私達教員の役目なのではありませんか?鳥籠に押し込めば教頭先生のおっしゃる問題行動はなくなるでしょう。だけど、それは教育ではありません。飼育です!」

「・・・」

「舜輔は去年、写真部部長として、統率力と調整力を体験として学んでいます。今は菊地さんと交際することで人間として成長しつつあるんです。成績も、御存知のように舜輔は補欠6番、つまり最下位で入学しました。しかし、今の彼の成績は208人中31位です。数学と物理は学年トップですよ。苦手な英語も最下位から121位まで短期間で向上しています。舜輔のどこに問題があるんですか!確たる証拠もなく、私の生徒を論じないでください!これ以上私の教育を邪魔しないでください!」

「・・・やれやれ、これだから東大卒は・・・」

「関係ないですよね、そんなこと」

「彼女の主張は理に適っています。島君を問題児とするデータは一切ありません」


教頭の余計な一言に他の教師達も切れた。教頭は逃げ出すように職員室を去っていった。


6


今日も紗希と一緒に下校する。しかし、紗希の口数は普段より少ない。


「具合でも悪いのか?」

「何ともないけど、どうして?」

「普段より口数が少ないからさ」

「気のせいだよ、それ・・・それよりさ、今日は家に誰もいないんだ・・・いけないことしようか?」

「おっ、お前!何言い出すんだ!」

「お酒だよ、お・さ・け」

「はぁ?」

「何を想像したのかな?舜輔君は」


紗希は悪魔のような笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んでいる。


「変態」

「・・・何とでも言え」

「お酒の次は煙草かな・・・」

「煙草は止めとけ」

「何で?」

「肺癌になる」

「何それ!ウケるんですけど!」


バカなこと言ったと思う。今から煙草を吸い始めたとしても、肺癌になるはずがないじゃないか。紗希にはそれだけの時間が残されていない・・・


「でも・・・ありがとう・・・私の身体を気遣ってくれて・・・」

「・・・」

「舜輔はお酒飲んだことあるの?」

「中学の時から飲んでた」

「私より大人なんだね・・・煙草は?」

「煙草は嫌いだ。あの匂いが生理的にダメなんだ」

「そうか・・・じゃ、私も煙草は止めようっと」


そうこうするうちに、紗希の家に着いた。普段なら母親が玄関まで出てくるのに、今日は出てこない。本当に誰もいないようだ。


「お父さんは札幌に出張中だし、お母さんは恩師のお通夜で帰りが遅くなるから」

「紗希を1人にしてか?」

「お母さんは10時前には帰ってくるよ。その時間なら舜輔もまだいるでしょ?お母さんも島君がいれば安心だ、って言ってた」

「そうですか・・・」

「信頼されちゃってるね。いっそのこと、この家に住めば?」

「また思い付きで・・・」


それは紗希の本心だろう。でも、さすがに俺も[家出]する気にはなれなかった。否、正確に言えば、[家出]する勇気がなかった。


紗希は冷蔵庫を漁っている。


「さぁ、飲も!」


紗希はビール缶を2本持ってきて、俺の横に座った。


「乾杯!・・・苦!不味!平気で飲んでるけど、こんなの美味しいの?」

「ああ、十分冷えていて美味いよ」

「これは失敗だな・・・私、これ以上いらないから残りは飲んじゃって」


その後はとりとめもなく雑談していたが、急に紗希の話のトーンが変わった。


「・・・舜輔もいつか他の人を好きになって、結婚するんだろうな・・・でも、私のこと忘れないでね」

「どうしたんだよ、いきなり。それに、何矛盾したこと言ってんだ?」

「何が矛盾よ?」

「紗希のことを思いつつ、他の女を好きになれるかよ」


紗希はいきなり俺に抱き付いた。


「嬉しい!でも、それじゃ舜輔は死ぬまで童貞だね」

「何言ってんだ?」

「私も処女のまま死んじゃうのかな・・・」

「お前、やっぱ今日変だぞ。大丈夫か?」

「だ・か・ら、今日は誰もいないって・・・」


やはり、いけないことじゃないか!そりゃ紗希とあんなことしたりこんなことしたりと妄想したことはある。だけど、健康な女子ならともかく、癌に侵された紗希といけないことするのは紗希を弄ぶような気がして、紗希が求めてきたとしても実行に移す気には到底なれない。そこまで堕ちてはならないと自分に言い聞かせてきたのだから・・・


「止めろ!」


俺は強引に紗希の腕を振りほどいて突き飛ばした。紗希は信じられないという表情をした途端、泣き出しそうな顔になり俺に背を向けた。


「帰って」

「紗希・・・」

「帰って!」

「・・・後1週間で紗希の誕生日だよな・・・お前、まだ16だろ?せめて17になってから・・・」

「年なんて関係ないじゃん!」

「あるよ!けじめだ」


我ながらおかしな理屈だと思う。所詮先延ばしだ。


「・・・分かったよ・・・でも、約束だよ」

「約束するよ」

「じゃ、指切り、韓国式でね!」


紗希は右手の小指を立てて腕を差し出した。俺も紗希の小指に自分の小指を絡める。そして、親指の腹を合わせれば韓国式指切りになる。親指でロックするから、日本式より強固な約束になりそうだ。


紗希は立ち上がると、冷蔵庫からビール缶を1本持ってきた。


「これから御飯の支度するから、ビール飲んで待っててね」


ビールを飲みながらキッチンで料理をしている紗希を見ていると、紗希と一緒に暮らしているような気分になる。もっとも、最近は寝る時間以外は殆んど一緒にいる訳だから事実上一緒に暮らしているようなものだけど、2人だけになるとより実感が湧いてくる。


(紗希と結婚するとこうなるのかな・・・)


でも、それは絶対にあり得ない。


「できたよ」


紗希は見たことのない料理を大皿に盛って運んできた。


「これ何?」

「食べてみなよ。美味しいから」


さっきの一件で多少ギクシャクした感じはあるが、俺も紗希も修復できたようだった。


「美味い!これ、ジャガイモ?」

「そう。ジャガイモと唐辛子の千切りを炒めただけだけど美味しいでしょう!」


紗希がここまで料理が上手とは思わなかった。できることなら、紗希の手料理を何時までも食べたい・・・そんな、ささやかな願いが何故許されないのか・・・


「どうしたの?黙っちゃって・・・」

「・・・こんな美味い料理、食ったことないから、つい・・・」

「嬉しい!そうだ、明日からお弁当作ってあげようか?」

「いいよ、無理しなくても」


否、作って欲しい。しかし、紗希の負担を考えると・・・


「1人分作るのも2人分作るのも同じだから」

「弁当、自分で作っていたのか?」

「そうだよ。お母さん、パートで朝早いからさ」


以前の紗希はほとんど自己主張しない、大人しい子に見えた。もっとも、殆んど話したことがないので、俺の上っ面な評価に過ぎないけど。しかし、入院後、特に退院後はあらゆることに積極的になっている。さっきもそうだった。どうせ言い出したら聞かないだろうから、俺は紗希に弁当を作ってもらうことにした。


紗希の手料理を食べ、いつものように宿題を済ませた頃に母親が帰ってきた。居間のテーブルに放置された3本の空缶を見た時に一瞬険しい表情になったが、御咎めなしだった。


「雨が降っている・・・」

「舜輔、傘・・・」

「ありがとう。でも、今日は濡れて帰る」

「はぁ?変なの」

「今日は雨に濡れて帰りたいんだ・・・じゃ、お休み・・・」

「・・・舜輔!明日も来てね!」


俺は手を大きく振って紗希と別れた。今の紗希にとって、初めての経験の大部分は1回だけの、最後の経験になる・・・二度とできないこと、二度と見ることができないこと、二度と味わうことができないこと・・・それが分かっているのに・・・辛くて悲しい。雨はその涙を隠してくれた。

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