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35日  作者: 赤虎
2/4

新たな日常

1


「舜輔、菊池さんはどうだった?」


翌朝、俺は担任から彼女の容態を聞かれた。


「元気でしたよ。心配しないで、って言ってました」

「それだけ?」

「そうですけど」

「他に何か言ってなかった?」

「別に・・・ああ、本貸してくれって言ってましたっけね。今日持って行く羽目になりましたけど」

「ふ~ん・・・まぁ、頑張りな!」

「はぁ?」


担任は俺の肩を叩くと笑いながら去っていった。


2


Knock Knock


「どうぞ・・・ああ!島君!」

「これ、昨日頼まれた本」

「ありがとう!・・・[中世騎士物語]と[ケルト神話と中世騎士物語]?騎士か・・・意外だ・・・島君ってロマンチストだったんだね?」

「違うよ。これ、読めば分かるけど、要するに、アーサー王伝説はケルト神話が元になっているってこと。しかも、従来のケルト神話起源説に加え、ローマの傭兵になったサルマタイの伝説にも起源があるという説すらあるんだ」

「サルマタイ?」

「黒海の北側に住んでいた遊牧民だよ。彼等がローマの傭兵になってブリテンに渡り、そこで彼等の伝説がケルト神話と結びついて、伝説の王アーサーができたってことらしいんだ。ナルト叙事詩だったっけ、サルマタイの伝説は・・・」


不思議だ。こんなこと、今迄誰にも話したことはない。なのに、彼女に対しては堰を切ったように冗舌に話してる。


「よく知ってるね、そんなことまで・・・」

「アーサーに関して色々調べたからね」

「分かった!読んでみるよ、これ。結構暇だしね」

「それよりお前、何時まで入院するんだ?」

「2週間位かな・・・」

「たかが検査で長くね?」

「・・・まぁ、いろいろと検査しなければならないみたいだから・・・そうそう、島君のノート貸してよ!」

「ノートなんか中野や大久保に任せたらどうよ?」

「あの子達のノートって落書きが多いし、所々欠落していて意味不明な個所が多いんだよね。だから、か・し・て!・・・そうだ!明日持ってきてよ!」

「明日?」

「嫌?」

「まぁ、いいけどさ・・・」

「約束だよ!・・・そうだ!何か御菓子も欲しいな・・・明日、買ってきてよ。お金払うからさ!」

「はぁ?」

「知ってるでしょ?病院の御飯が如何に不味いか」

「それこそ中野や大久保に買ってきてもらえばいいじゃないか」

「嫌なの?」

「・・・分かったよ。買ってくる」

「やった!」


3


菊池紗希とは、1年の時もクラスが同じだった。彼女は、大人しい知的な子だった。しかし、どちらかというとガチャガチャした子が好きだった俺は、彼女とこれまでろくに話したことがなかったし、強いて言えば合宿で班が同じになっただけ。つまり、俺は彼女を意識したことは全くなかった。それが、この2日間で何年分もの会話をしている。でも、その時は入院を強要されて辟易しているであろう彼女の気休めになればいい程度の感覚でいた。それ以上でも以下でもない、単なるクラスメイトの1人として。


「香織、あのさ」


夕食後、俺は居間にいた妹の香織に声をかけた。


「何?」

「クラスの女の子が入院したんだけどさ、見舞いに御菓子が欲しいって言ってんだよ。中高生の女子が欲しがる御菓子って何だ?」

「何でお兄ちゃんがそんなことするの?女友達がいるでしょうに」

「そうだろ?俺もそう言ったんだけどさ、買ってきてくれってせがまれてさ」

「こりゃ一種のテストだね」

「はぁ?」

「具体的に言わずに、御菓子ってさ、お兄ちゃんがその人の欲しい物を買ってきてあげれば合格、そうでなきゃ失格ってこと」

「何の合否だよ」

「分からないの?恋人だよ」

「おいおい、何の話だよ、それ」

「さて、コンビニ行こう!私が選んであげる!」


妹と歩きながら考えた。毎日病院に来させようとする彼女は俺に対して友達以上の思いがあるのかもしれない。であれば担任が俺にパシリを押し付けたのも彼女の思いを知っていたからなのか?確かに今朝、意味深なこと言っていたよな・・・そうは言っても、病院は学校からの帰路に位置しているし、テスト云々も中学2年生、つまり厨二の妹が言っているだけだ。でも、ポテトチップスやかっぱえびせんを持って行くわけにはいかない。彼女が何を考えているのか、それは別にして、ここは妹が選んだ御菓子を持って行くのが最善だろう。


「う~ん、やっぱこれとこれだね」

「何で2個も買うんだ?」

「2個持って行けば、強欲女でなければ2人で食べよ、ってなるよね、普通。そんなことも分からないの?」

「なるほど・・・」

「じゃ、これは今晩食べよ!明日新しいの買ってね」

「何でそうなるんだよ!」

「アドバイス料だよ。当然でしょ」


4


「ああ?今日も帰るってか!」

「今日は水曜日で定例会だぞ!部長のお前が欠席してど~すんだよ!」

「すまん、今週はちょっと忙しくてさ・・・」

「月曜から毎日何してんだよ、お前」

「まぁ、何だ、野暮用ってか・・・じゃな!」

「帰りやがった」

「仕方ね、副部長が仕切ってくれ」

「そうするべぇ」


写真部の仲間とは次第に疎遠になっていく。廃部寸前から部を立て直し、生徒会から配分される年間予算を10倍以上に増額させ、他校と合同とはいえ写真展を地元の公共施設で開催した、苦楽を共にした友人達より彼女のことを優先させている自分がいる。


病院に向かう途中でコンビニに立ち寄る。昨日買ったスイーツと同じ物を選び、俺は彼女のいる病室に向かった。


「買ってきたよ」

「何かな?開けていい?」

「どうぞ」

「わぁ!これ、食べたかったんだ!嬉しい!2種類あるんだね?一つ食べる?」


妹の予測どおりだ。策を弄したような気がして多少の罪悪感がないでもないが、彼女の笑顔を見ているとそんな罪悪感は吹き飛んでしまう。これで合格なのか、俺は・・・


「じゃ、貰うよ。遠慮なく」


2人でスイーツを食べた後、俺は彼女に疑問に思っていることを聞いてみた。


「2週間も検査をするってさ、どれだけの量の検査をするんだ?」

「毎日する訳じゃないんだ・・・検査して、その結果を踏まえて別の検査をするって感じかな?」

「結構悠長な検査だな」

「・・・でもね、先生が確認しながら進めているから・・・」

「そんなもんかね・・・」

「まだ時間あるでしょ?」

「あるけど」

「ノート書き写すだけじゃ勉強にならないからさ、要点を教えてよ、島君!」

「・・・いいけどさ、英語は勘弁してくれ」

「何で?」

「俺、英語に関する能力が完全に欠落しているから・・・英語は君の方が俺より成績いいだろ?」

「何で分かるの?」

「自慢じゃないが、3学期の期末試験でビリだった。つまり、俺よりできない奴はあの高校にはいないってこと」

「はぁ?数学と物理はトップクラスなのに、どうして?」

「親から授かった能力だから仕方ない・・・」

「じゃ、英語以外を教えてよ。英語は私が教えてあ・げ・る!」


彼女は微笑みながら言っていた。彼女に教えると言っても、呑み込みの早い彼女は授業の要点を淡々と理解していく。むしろ、俺に英語を教えている時間の方が長い程だ。気が付けば既に消灯時間になっていた。


「今日はこれまでだね!明日も宜しくね!」

「・・ああ、じゃ、また明日・・・お休みなさい」

「お休み!また明日ね!」


この日以降、放課後は病院に直行して、消灯時間まで彼女と一緒に[勉強]することが俺の日課になった。写真部との接点を一切絶ってしまった俺は、写真部部長の地位を知らない間に更迭されていた。当然、フィルムの現像もできていない。しかし、俺のお世辞にも上手いと言えない[授業]を熱心に聴いてくれて、英語に関しては想像を絶する劣等者の俺に親身になって教えてくれる彼女に、俺は次第に好意を持つようになった。


5


「舜輔、毎日こんな遅くまで何してんの?」


母親がついに切れた。俺は毎日22時過ぎに帰宅し、それから冷めた晩飯を食べて風呂に入って寝るという生活になっていた。


「勉強も全然していないし、何してんのよ!」

「図書館で・・・」

「嘘言いないさい!こんな遅くまでしている図書館何てないでしょ!中間試験の結果はどうなの!」

「これ・・・」

「何よ!」


母親は成績表を取り上げると絶句した。数学と物理は学年トップ、他の教科の成績も上がり、問題の英語も中の下まで向上していた。何てことはない。短期間とはいえ、彼女に教え教わった時間の成果が出ただけだ。


「いいでしょ・・・成績は上がったんだから」

「・・・」

「帰宅時間が遅い以外は誰にも迷惑かけていないし、することしてるから」

「・・・」


しかし、俺が毎日彼女の病室に通っていることは学校内で噂になっていた。当然、尾鰭背鰭が付いてグロテスクな内容に変転しながら。でも、俺に直接物申したり嫌がらせをする奴はいなかった。体育祭で伝説を作った成績上位者の俺に対して何もできない。人間なんてそんなもんだと実感した。悲しいけど。

彼女も女友達経由で噂を知っていたが、そんなどうしようもないことは無視すると決め込んでいた。元来根が明るいことは以前から知っていたが、彼女がここまで芯が強いとは俺は思いもしなかった。

何バカな事言ってるんだろうと、新たな噂を聞く度に、俺達は2人で笑っていた。


6


彼女が入院してから2週間が経とうとしている。退院も近い、と思っていた。彼女も退院したらあれがしたいここに行きたいこれが食べたいと、眼を輝かして嬉しそうに話していた。そんな彼女を見て、これで彼女が普通の生活に戻れると思うと俺も嬉しかった。


「島君、お話があるんだけど・・・」


退院の前日、俺がいつものように彼女の病室に行くと、ドアの前に彼女の母親が立っていた。2週間病室に通った結果、俺は彼女の母親とも親しくなっていた。


「島君だけには本当のこと言わないとね・・・紗希は末期のスキルス胃癌で、あと3ヶ月しか生きることができない・・・」

「えっ?」

「10日前、癌を切除するために手術したんだけどね・・・想像以上に癌が広範囲に広がっていて手の施しようがなくて、何もしないでそのままにしてお腹を閉じたの・・・だから、紗希は・・・」


確かに10日前の昼休みに、彼女からメッセージが届いた。今日は体調がすぐれないから来なくていいと。あの日が手術だったのか・・・ってか、検査入院は嘘だった。紗希はそれを俺達に隠していた。紗希も自分が癌であることを知っていたはずだ。それなのに、俺達に気を使って、心配させまいと気丈に振る舞っていた・・・


「・・・嘘ですよね、それ、嘘ですよね!」

「だから、もう紗希には会わないで・・・これ以上、2人の気持ちが繋がれば、お互い苦しむだけだから・・・」


母親の眼には涙が溢れ、それ以上の言葉はなかった


「そんな・・・紗希は、紗希はそれを知っているんですか!」


母親は無言で頷いた。


思わず紗希と叫んでしまった。1週間程前から、彼女は紗希と呼んで欲しいと俺に言っていた。俺は躊躇していた。自分の気持ちがまだ十分に分からなかったからだ。紗希が好きなのか、2週間も入院する羽目になった[可哀そうなクラスメイト]に同情しているだけなのか・・・でも、今は違う。紗希が俺にとってたった1人の大切な人であることがやっと分かった。何という様だ。紗希の命が奪われようとして初めて、紗希への思いを理解するなんて・・・


「紗希!」


俺は紗希の名前を叫びながら病室に駆け込んだ。突然の出来事に紗希はきょとんとしていたが、即座に事態を把握したようだった。


「・・・お母さんから、聞いたんだね・・・」

「紗希・・・嘘だと言ってくれ・・・」

「嘘じゃないよ・・・手術の翌日、私も先生から直接聞いたんだから・・・私・・・死にたくない!死にたくないよ!」


紗希は泣き出すと両腕を広げハグを求めた。俺は紗希の横に座り、彼女を抱きしめた。紗希は俺にしがみ付いたまま、何時までも泣いていた。何て無力なんだ、俺は・・・何もできない。紗希を救うことができない・・・


「紗希・・・俺にできることは何でも言ってくれ・・・俺は紗希の騎士になるから・・・」

「・・・ありがとう・・・私の、騎士君・・・」


我ながら青臭い台詞を吐いたと思う。でも、それしか言えなかった。

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