終わりの始まり
1
「やっと終わった・・・昨日撮ったフィルムの現像すっか・・・」
「現像って、お前、何十年前のカメラ使ってんだよ?」
「お前等には分からない良さがあるんだよ、ネガフィルムには!」
授業が終わり、俺は昨日の日曜日に撮ったフィルムを現像するために写真部部室に無許可で造った暗室に行こうとしたが、その途端、校内放送で呼び出しを食らった。
《2年3組の島舜輔君、2年3組の島舜輔君、佐野先生がお呼びです。至急職員室まで来てください。繰り返します、2年3組の島舜輔君・・・》
「お前、今度は何壊した?」
「先週は窓ガラス割ったしよ、これで何度目よ?」
「知らねぇよ、何も壊してないし・・・まぁ、ちょっくら行ってくるわ」
今月に入ってから蛍光灯を2本壊し、窓ガラスを割ってしまったのは確かだが、今回は全く身に覚えがない。何でわざわざ校内放送で担任に呼び出されるのか全く理解できないまま、俺は足早に職員室に向かった。
「失礼します・・・何の用ですか?」
「これ、菊池さんが入院している病院に持って行って、本人に渡して」
「何で俺なんですか?中野や大久保に任せりゃいいでしょ、あいつ等仲いいんだから」
「彼女達の家は病院とは逆方向なの。あの病院はあんたの帰り道でしょ?」
「そうですけど・・・でも、今日はすることあるんで」
「何?」
「フィルムの現像ですけど」
「そんなの明日すればいいでしょ!さっさとこれ持って行きなさい!それとも、また補習したいの?」
「・・・分かりましたよ、持ってきゃいいんでしょ!」
「よろしい」
この担任、27歳の女性英語教師で俺の天敵だ。1年の時から俺の担任で、2年に進級する際に解放されると思っていたら、2年連続で彼女のクラスになってしまった。とにかく補習が大好きで、何回彼女の餌食なったか分からない。また補習なんてたまったもんじゃないので、拷問を回避するための代償として、俺はパシリになることを承諾した。
2
(西棟の305号室・・・ここか・・・個室なんだ。胃の検査程度で大袈裟だな・・・)
この病院は増改築を繰り返したらしく通路がややこしい。迷子になりかけたが、俺は胃の検査で入院したと今朝伝えられたクラスメイトの菊池紗希の病室をやっと見つけた。
「菊池!これ持ってきたぞ!」
「ちょっと、何なのよ、いきなり!」
俺は担任から渡された封筒を掲げながら病室に入った。病室に備えられたソファに座って本を読んでいた彼女は、突然の闖入者に驚きの声を上げた。
「だから、これ、サッチーが渡してくれって」
「そうじゃなくて、女の子の部屋に入るんだからノックぐらいしなさいよ!」
「・・・あっ、そうね・・・」
「ったく、傍若無人なんだから・・・で、それ何?」
「知らねぇ。中見てないし。ほれ」
「・・・何だろう・・・ああ、あれか・・・ありがとう」
「どういたしまして・・・何、この本?」
「見る?」
彼女は如何にも女子が好みそうなブックカバーを纏った文庫本を俺に手渡した。
「・・・マチネの終わりに、か。映画化された平野啓一郎の・・・」
「よく知ってるね?読んだことあるの?」
「ない。でも、ニュース見てりゃ誰だってこの程度の知識あるだろ?」
「そりゃそうだ・・・ねぇ、島君はどういう本読むの?」
「そうだな・・・よく読むのは古代史や中世史関連の本だな。小説とかの文学系は全然読まないし」
「そうか・・・」
少し間をおいてから、彼女は少しもじもじしつつ、ねだるように俺に話しかけた。
「・・・ねぇ、島君が読んだ本で、面白かったの貸して・・・」
「いいよ。土曜日に持ってくる」
「明日持ってきて」
意外な反応だった。今迄殆ど話したこともないのに・・・しかし、入院はよほど暇なんだとその時は納得できたし、言われてみりゃ確かに現像は急ぎじゃないので、俺は彼女のリクエストに応じることにした。
「分かった。明日持ってくるよ。じゃ、明日」
俺はそのまま病室を出ようとした。
「ちょっと待って!」
「まだ何か?」
「お見舞いに来て、何も聞かずに帰っちゃうの?」
「・・・ああ・・・具合は、どう?」
「ったく・・・このとおり元気です!クラスの皆にも心配しないでと伝えてね!」
「分かった、そうするよ・・・じゃな」
「さよなら・・・明日も来てね、必ず!」
「ああ」
俺は病室を出た。これが終わりの始まりだったと理解しないまま・・・