殿下の腰巾着、腰巾着精神に基づいて行動する
「私の愛するティナをよくもいじめてくれたな!婚約破棄だ!リュクルナ!」
「国外追放ですね。承知しました。書類をとって参りますので少々お待ちください」
がしゃんと大きな音を立てて扉が閉まる
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おい、ウィルフレッドなんとかしろよ」
「そんなこと言われましても。どうせ婚約破棄なされたのだからお気になさる必要はないのでは?」
ふざけんなよ。浮気しておいて自分を正当化かよ。なんて言ったら俺の未来は簡単に吹き飛んでしまうので言わない。絶対に言わない。所詮、俺はこいつの腰巾着だ。同僚は殿下に口答えして辞めさせられたらしい。俺はお前らの犠牲を忘れないぜ
「そもそも私は国外追放などと言ってはいない!」
いや、知らんし。出て行っちゃったのはもうどうしようもないしお前の責任だろ
「今、巷ではこのような物語が流行っているそうなのです。誤解されるのは仕方のないことだと思います」
手渡したのは一冊の本である。平民の少女が公爵家の令嬢にいじめられたと訴え、いじめたとされる公爵令嬢は国外追放される......この先は知らない。だが、俺好みなのは知っている。このパーティーの最中にじっくり読む予定だった。え?さぼり?知らん知らん
「そうか、ありがとう。持ち帰ってじっくり読んでみるよ」
え、え、え、まってそれは俺が妹に必死に頼み込んで一週間分のおやつと引き換えにようやく貸してもらった『婚約破棄から始まる(はあと)氷の伯爵様とのドキドキ!らぶろまんす!』
今、人気過ぎて入手困難なのに!
たとえ王子でもこれだけは貸せない。いやこの王子は借りパクしようとしてるに違いない
絶対に貸せない、何としてでも断らねば
「......ぃゃ」
「ん?何か言ったか?」
こ、こんなところで難聴系主人公になりやがって!くそっ!
「なんでもないですよ、殿下」
おれ、いま、じんせいでいちばんいかりをころしてるかもしれない
「そうか?なにかあったら言えよ」
だって!腰巾着が!意見言えるわけないでしょ!
誰かタスケテ
「殿下、婚約破棄の書類持ってきましたよ」
あ、俺の女神ルナたん
「早くぅ殿下」
「ティナ、お前のためになるべくサインするよ。待ってくれ今サインする」
殿下のサインが終わると婚約破棄の書類をかっさらうルナたん
「では、これで」
まって、俺の女神
「え?」「え?」「え?」
......え?なんで心の声に反応してるの?お三人
いや、待って、会場中の人々もこっち見て「え?」って顔してる。もしかして声に出てた?声に出てたら、もしかしなくても俺がルナたんのこと好きだって言ってるようなものじゃん
ていうか俺ってもしかして傍から見たら主人の婚約者に横恋慕するやばいやつじゃね?
会場がざわざわしだす
「え、あの女嫌いで有名な?」「氷のウィルフレッド様が?」「いやああ、好きだったのに」
やめて!恥ずかしい!それ、俺が自分で流した噂!そして最後の人ありがとう!けどごめんね
でもこれってよくよく考えるとチャンス?チャンスだよね!俺、婚約者いないし。向こうも今いなくなったよね
だがそれよりも、もっと重要なのは殿下が想いあう二人を汚名をかぶってまでくっつけようとしためちゃくちゃいいやつみたいになってしまう!
絶対にそれだけは許さん。なんか許せん
こいつをけちょんけちょんにして一生社交界に出られないようにしてやる
しかーし!俺の腰巾着精神は殿下をけなすなどありえないと叫んでいる
さて、ここでの俺の正解は!
「リュクルナ嬢、ずっとお慕いしておりました。俺が、いえ、私が決して結ばれることなどないと諦めておりました。
ですが、そこにいらっしゃるクリスティーナ奥様のおかげで私はあなたを追いかけられる立場となりました」
ぽかーんとする会場の人々と対照的に誇らしげにおなかをさするクリスティーナ奥様。
会場の人々は次第に状況を受け入れ始める
「おい、馬鹿!なんてことを言ってるんだ!婚姻の発表はまだだ!それによくもこの私を馬鹿にしてくれたな」
あまり褒められたことではない。殿下とクリスティーナ様の評価はガクンと下がるだろう。
俺は、馬鹿にしてなどいない
「ただ、事実を述べただけです。殿下」
だから俺は腰巾着精神には反していない
「リュクルナ嬢、どうか私と友人から関係を築いてくれませんか?」
愛しい彼女は淡々としたさっきの様子からは考えられないほど顔を真っ赤にして
「はい、末永くお願いします」
と答えたのだった
◆◇◆◇◆◇◆◇
「はいはーい!今日から公演だよ!今回の劇は実話をもとに書かれたあの名作!『婚約破棄から始まる(はあと)氷の伯爵様とのドキドキ!らぶろまんす!』」
かわいらしい少女の視線の先は元気よく呼び込みをする劇団員だ
「おとうさん!わたし、あれが見たいな」
「えっと、ちょっと子供の教育にはよくないかな」
「ちょっと!兄さん、私が書いた小説が教育によくないはずないでしょ!大体、あれ兄さんに頼まれて書いたんだからね」
「ルナのいる前で言わないでくれよ!恥ずかしい」
「あら、そうだったの?なかなかかわいいじゃない」
「ルナもからかわないでくれ」
「あら、私は事実を述べただけよ」
「うわああああ」
朗らかに笑う妻と慌てふためく夫はとても幸せそうだ