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Riddle 〜魔法師たちのお仕事〜  作者: 小雨路
第6問『愛の真ん中にあって、必要不可欠なものは?』 後編
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ゴンドラ

「おはようございます、チナミ班長!」

「おはよう、イクルミ君。……ここは城の中だからね、走ってはいけないよ」


 スクナのローブを片手に、借りている客室の鍵を閉めていると廊下の先から聞きなれた部下の声が元気に飛んできた。

 ぱたぱたと子どものように足音をさせて駆け寄って来たスクナに、ローブを着こんだチナミは苦笑する。ついで注意するとしょんとスクナの肩が落ちる。これまた幼い子のような反応に苦く笑っていると、それを見ていた廊下に配置された騎士やたまたま通りがかったのだろうメイドが微笑ましそうに見ているのがわかる。

 ……チナミの整ったビスクドールにも似た外見から吐き出される、低い壮年の男性の声にはぎょっと目を向いていたが。

 チナミが苦笑した先に人がいることに気付いたスクナは、照れたように笑ってそちらに一礼したがチナミにはわかった。本来、城の中を走り回るなんてことは非常識で眉をひそめられてもなんら不思議ではない、むしろそれが普通だ。


 なのにこのぬるいとも温かいとも言える反応。


 ディータが確実にかかわってきているのだろうと思うと頭が痛かった。

 顔をこわばらせたチナミを振り返ったスクナがそんなにダメなことをしてしまったかと青くなるが、それを見てチナミは小さく息をこぼした。可愛い部下に心配をかける気はさらさらない。なにより、スクナが青くなったせいで騎士やメイドからの責めるような視線が痛い。


「チナミ班長?」

「いや、なんでもないよ。そういえばローブ、昨日返し損ねたからね」

「あ、ありがとうございます」

「食事は全部食べられたかね?」

「付け合わせのパセリまで美味しく頂きました! あ、それとチナミ班長ですよね? ユティーの分まで食事届けるように言ってくれたの。ありがとうございました」

「そうか、それはよかった。なに、当たり前のことをしただけだ。礼を言われるほどのことじゃない。……さて、そろそろ闘技場に向かうかね」

「はい!」


 ばさっ、チナミから渡されたローブを着ながら、スクナは応えた。


 闘技場。本日のメインイベントである国盗り武闘大会の会場である。城から徒歩30分、ゴンドラで15分のところにあるそれは、ぐるりと周囲を圧倒するかのように白石で高く高く作られている。

 ◎を描くように外円と内円の間は観客席、そして内円の内側こそが舞台とも言える場所だ。

 城門に向かおうとするチナミのローブが翻るのを見ながら、スクナは嬉しそうにその背を追いかけた。それを見守る、無数の目には気づかずに。



「そういうわけで、ディータ……遊子のユティーとは知り合いなんです」

「なるほど、やはり遊子だったか」


 こっくりとチナミが頷く。人形のように可愛らしい仕草だった。


「そういえば君、荷物はまとめてきたかね?」

「はい、チナミ班長に言われたとおりに。……でも、今日と明日まで滞在するんですよね?」

「まあ、色々あってな。急に帰ることになるかもしれない」

「そうなんですか?」

「観光とかしたかったならすまないが……」

「いえ、これもお仕事のうちですし! ……わわっ」


 石壁の水路を、外観は黒く座席は赤で20人ほども乗れるらしい大型のゴンドラに前先端と後ろ先端にゴンドリエーレを2人乗せ。総勢18名を乗せてゴンドラは水路を進んでいた。

 ごとんとゴンドラが揺れて、スクナはあわてて座席に手をつく。ぱしゃんと水が跳ねる音に水面をのぞき込むと、水路の底には街を模した白い石で出来た彫刻が沈められていた。よく見ればそこかしこに人のようなものも見られ、優雅なものだった。


「見てください、チナミ班長! 街ですよ!」

「ああ、『水に眠る街』。これも名物の1つだ」

「ゴンドラにも乗れて名物も見れて、観光しなくても十二分ですよ!」

「ふふ、十二分……そうかい?」


 水の上を行く、安定しないゴンドラに揺られながらゴンドラの末席に座ったスクナは隣に座るチナミを見る。金糸にも似た、か細い髪がツインテールに高く結い上げられているにもかかわらず船底についてしまっている。チナミ自身は全く気にした様子はないが、なんだかそわそわしてしまうスクナだった。

 そんなスクナに気付いて、チナミが問いかける。


「ん? どうかしたのかね」

「その、髪。底についちゃってるんですけど」

「ああ。私は別段気にしないが」

「ダメですよ! こんなに綺麗なのに」

「そ、そうかい? ……照れるな」

「あ……いえ、その。……いったあ!」

「どうかしましたか?」


 ちょっと甘酸っぱいというか、ほのぼのしたところ顕現もしていないユティーがぶち壊す。ぎちぎちと右手首を飾るミサンガに締めあげられて、思わず叫んだスクナをゴンドラに乗っていた人々、前先端に乗っていたゴンドリエーレが振り返る。

 心配そうに声をかけてくれた、スクナ達の真後ろにいた後ろ先端のゴンドリエーレにあわてて何でもないことを告げる。スクナは締め上げられて赤くなってしまった手首をさすった。ちょっといい雰囲気になろうとするとこれである。小姑か。


(大体、僕にチナミ班長とか力不足もいいとこだよ!)


 チナミのように綺麗で美しい人には自分みたいなちんくしゃはとても釣り合わないとスクナは思っている。ただでさえ親子ほども年が離れているというのに。いや、チナミ班長は尊敬する先輩なだけだけど! スクナはふんと鼻息も荒くつく。その横で、チナミは不思議そうな色を乗せて、こぶしを握るスクナを見ていた。


 何を考えているのだろう、このちょっと思考回路が不思議な部下はと。


 春風が気持ちよく、2人の間を通り抜けてチナミの髪やスクナのローブのフードを揺らす。


「気持ちのいい天気だな」

「絶好の武闘大会日和ですよ、お嬢様」

「ふむ、お嬢様はやめてくれたまえ」

「あはは、チナミ班長がお嬢様って似合いますね!」

「君は私を羞恥でどうにかしたいのかい、イクルミ君」

「え!? いえ、そんなことは!」


 あわわと胸の前で手を振るスクナと、小さな片手で顔を覆ってしまったチナミ。その2人のやり取りを、微笑まし気に見守る乗客とゴンドリエーレたち。

 そうこうしている間に、ゴンドラはすういと石の壁。階段があるところに近寄ると、ゴンドリエーレたちの手でぴたりと止まる。

 次々に降りていく乗客たち、一番後ろに座っていたスクナ達が最後に降りると、階段の近くで立ち止まっていた老紳士が『頑張りたまえ』とスクナに囁いた。

 そして年を感じさせない俊敏な動きで階段をぼっていった老紳士。意味が分からない。でもまたユティーに締めあげられたのはなぜかなんて考えたくもなかった。

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