明日
「ユ、ユティーが、ユースティリア?」
「思い出したか」
「え? ってことはユティーの大元、遊子のユティー!?」
「……間違ってはいないが不快だな」
「え……あの、じゃあなんて呼べば」
「親しいものは俺をディゼルデータと呼ぶ。そう呼べ」
「ディ……タ? え? ……ディータでいいですか?」
「愛称で呼んでくれるのか、構わんぞ。敬語もいらん」
気分がよさそうに、スクナよりも、ユティーよりも大きな手がスクナの頭を撫でる。それをびくびくと甘受しながら、スクナははっと頭をあげた。
意図せず振り払われる形となった左手に、不機嫌そうに顔をしかめながら、ディータは聞いてきた。
「どうした、スクナ」
「ユティー、ユティーがくれたミサンガは!?」
「ちっ……これか」
「ユティー!」
無造作にディータがスラックスのポケットから取り出したのはユティーの媒介であるミサンガだった。それを、これまた無造作に放り投げられ、あわてて両手でキャッチする。
それをシェードランプにかざして、どこにも欠損がないかを確認してからほっとスクナは息をついた。それを右手首にはめる。
「よかった、ユティー」
「何をやっている、馬鹿者が」
「ユティー痛い!」
スクナの右手首にはめたばかりのミサンガが白く光ると、ぎしいっとベッドが軋む音ともにベッド上にユティーが現れた。
ユティーの左腕で首を抱き寄せるように締め上げられ、スクナは悲鳴を上げた。ばしばしと首を絞めつけている腕を叩くものの、外してくれるよう気配は微塵もない。だんだん顔色が悪くなってきたところで、ディータから制止が入った。
「おい、死ぬぞ」
「ふん」
「けほっ……ユティーのバカ!」
「お前が軽率だからだろう。なぜあれにミサンガをとられている」
「知らないよ、気絶してたんだから!」
「気絶? どんなドジを踏んだんだ?」
「見てないの!? 角曲がったらいきなり口にハンカチを当てられて」
そこまで話したとき、ユティーの金色の瞳がぎらりと光ったのがランプシェードのみの光量の中でもわかった。
あ、やばい。と思ったのと同時に、ユティーはディータにそのまま光る目を向けた。
「……薬を使ったのか」
「副作用のないものだ、安心しろ」
「貴様を信用などできるものか」
「ふん、本来の名すら名乗れない臆病者が」
「恥知らずにも捨てた名を拾った者が何を」
ぎりぎり、金色同士のにらみ合いが始まる。
互いに一歩も引かない睨みあいに、どうしようかとスクナが頭を抱えていた時だった。
どんどんどんどん!!
扉が激しい音でノック……いや、叩かれる。その向こうから聞こえてきたのは。
「君! イクルミ君! いるかね! いたら返事を」
「テルヌマ殿困ります! 大総統はお休みで!」
「チナミ班長!」
「イクルミ君!? やはりここか、鍵を開けたまえ!」
どんどんどんとなおも激しく続く殴打にも似た音に、1回ため息をついたディータがベッドから降り、扉まで歩いていくと鍵を開けた。睨みあいを中断されたユティーは、不機嫌そうに舌打ちを1つ。
瞬間、なだれこむように入ってきたのはやはりチナミだった。
ベッドの上にいるスクナを見た途端、ほっと肩をなでおろし安堵の表情を浮かべた。
「イクルミ君、無事かね?」
「だ、大丈夫です。チナミ班長」
「薬をかがされたらしいがな」
「薬!?」
「ユティー!」
なんとか穏便に済まそうとしたスクナだったが、ユティーがそうは許さなかった。非難めいた声をあげればぎろりと睨まれる。ユティーも相当怒っているらしいとスクナは悟った。
薬をかがされたという言葉に、チナミは近くにいたディータをぎっと睨みつける。
「薬とはどういうことかね」
「そのままの意味だ。副作用はない、安心しろ」
「出来るものか。これは魔法省に対する敵対行為とみなしても?」
「チナミ班長、違います。これは」
「久方ぶりにスクナに会って、ついやってしまった。これは俺とスクナの問題だ。申し訳ない」
「申し訳ないですむと!」
「チナミ班長、大丈夫です! 何もありませんでした、平気です!」
「君……」
必死にかばっているスクナに、戸惑うようにチナミの顔が困惑に変わる。それに乗るように、ディータが言葉を重ねる。
「スクナの言う通りだ。もう夜も遅い、早く客室の帰るといい」
「何をいけしゃあしゃあと!」
「スクナはこの部屋にいても構わんが」
「帰るに決まっているだろう」
「戻ります!」
あっさりと客室に帰るといったスクナに、残念気にディータは肩をすくめた。どこまでが本当かわかったものじゃないとユティーとチナミはディータを睨んだが、スクナだけは困って首を傾げた。スクナには、ディータが嘘をついているようには見えなかったから。
「えっと、また明日ね」
「スクナ!」
「イクルミ君!?」
「ああ、また明日。スクナ」
ふわりと甘くディータが微笑む。ユティーでは決してありえない「笑み」に、チナミは大きく目を見開きユティーは嫌そうに顔をしかめた。
ユティーが左手でスクナの右手首を掴み、ずるずると引きずって部屋から出る時。ぽつりと呟いたディータの言葉を、スクナは特別よくもない聴覚を駆使して拾った。
「明日の武闘大会が楽しみだ」
ぱたんと閉じられた扉の向こう側を思いながら、スクナは明日どうなっちゃうんだろうと心の中でこぼした。




