久しぶり
すべすべと顔に当たる布地が気持ちいい。
無意識にそれを口に出していたのか、どこか見知った声が。甘さを含んで「そうか」と呟いたのを、スクナはぼんやりとした頭で聞いていた。スパイシーで、どこか甘さを含んだ香りがする。
知っている声だった。いや、完璧に同じというわけじゃなくて、こちらの方が少しかすれた響きだったが、近い声だった。そう、まるでユティーのような。
(ここ、どこだろう)
覚醒を始めた思考が考え出すが、何かに沈み込んでいく感覚が気持ちよくて目覚めたくなかった。それでも、甘い香りとともに暗転した意識を記憶をなぞっていた頭が思い出したとき、スクナははっと目を開けた。
薄暗い部屋だった。
照明はスクナが転がされているベッドの横に、シェードランプが1つあるだけで。それ以外は暗くて良く見えなかったけれど、そのシェードランプや照らされる範囲にある調度品はスクナにあてがわれた部屋に勝るとも劣らないほど高価そうなものであるということしかわからなかった。
赤いカーテンの隙間から見える窓の向こうはまだ暗く、そこまで時間は経っていないだろうと考えたところで、スクナは勢いよく身を起こした。
幸い縛られてはいなかったため、急いで自分の身体をぺたぺたとさわる。ぎしいっとベッドが鳴いた。
なくなっているものはないか。スーツの下に着けていた首紐―ある。耳のピアス―ある。右手首のミサンガ―ない。
ざっと血が音を立てて下がったのがわかる。顔は間違いなく青ざめていたことだろう。
「あ……あ、あ」
「起きたか」
はくはくと空気を噛んで呆然としていると、聞こえた。低くどこか艶めいた甘い声に、スクナはびくっと身をふるわせた。
窓やシェードランプに気をとられていて見ていなかった反対側、声のした方をおそるおそる振り向くと。ベッド横の、黒い革張りのソファーに男が1人腰かけていた。
白いシャツ、黒いスラックス、黒いブーツ。ラフな格好で、そこに我が物顔で悠然と座っていたのは―――。
「ユ、ティー?」
「久しいな、スクナ」
「久……って今朝も。そ、それより。その髪!」
「ああ、色素が抜けてな。どうだ、似合うか?」
「に、似合ってるけど! どどどどうして……え? ストレス? ストレスなの!? 昨日無理やりピーマン食べさせたから!?」
「落ち着け、スクナ」
「もぎゅう!」
ただでさえ青い顔を青ざめさせてあわてているスクナをソファーから立ち上がり、近づいてきたユティー(白髪)に左腕でぎゅっと優しく抱きしめられる。右袖はひらりと空気に流れた。きしっとベッドを軋ませ、腰かけたのが見えた。
何度も何度も確かめるようにぎゅっぎゅっぎゅと。それが苦しくて声を出すと、やっと離してもらえた。
でも、スクナにはわかってしまった。この男がユティー、10年間を共に過ごしたパートナーではないということに。
ユティーはこんなにたやすくスクナを抱きしめたりなんかしない。せいぜいが頬をつねって嘲笑するだけだ。
「あなた、誰? ユティーじゃないよね?」
「そうか、あれはユティーと呼ばれているのだったか」
「? 何を」
「安心しろ、私もユティーだ」
愛おしさを金色の目に浮かべて、薄く笑いかけてくる男に? マークしか浮かばない。
なにを言っているのだろう、この人は。スクナのユティーはたった1人しかいないのに。
でも顔形はまったくユティーと一緒、若干ユティーよりも大人っぽいかもしれない。すわそっくりさんかと警戒し、ベッドの上で身を引くスクナ。それを子猫が威嚇するようなもので、その可愛らしさに男は目を細めた。




