暗転
ある程度腹に収めたところで、スクナは皿とフォークを置いた。正しくは客に混ざって配膳をしていたボーイに持って行ってもらったのだが。
かわりにオレンジジュースの入ったグラスをもらい受け、一気にあおる。きんっと冷たいそれが熱くなった喉を通るのが心地よかった。
「チナミ班長、戻ってこないなあ」
壁の花というには語弊があるが、壁際で1人オレンジジュースを飲んでいたスクナにちらちらと視線をやるどこぞのご令嬢は居た。しかし、スクナがダンスに誘う気はさらさらなさそうなことや、何より、柊のブローチを見てさっと顔色を変える。
じりじりとスクナに近づいてきていたのに、そそくさと離れてしまうことが何度かあった。そのため、スクナの周りだけ円を描いたように丸く誰もいなかった。
「あ、チナミ班長」
決して高くはない身長で背伸びをして、やっとスクナはチナミを見つけた。チナミは飲み物を片手に誰かと話し込んでいるようだった。
(当分戻らなそうだし、ちょっと外出てようかな)
給仕をしている者にグラスを預け、スクナは目も眩むような輝きの広間を足早に歩く。
貴族と思われるご婦人方に貫禄のある老人、煌びやかで華美な衣裳をまとう者たちと極力目を合わせないように。
(ダンスとか、踊れないし!)
女性に恥をかかせるわけにはいかない、チナミの面子にかけて変な絡まれ方はされてはいけない。そんな心づもりから。
まあ実際から言えば、女性からダンスに誘うのははしたないとされているためスクナが誘わなければダンスの心配なんてなかったわけだが、スクナはそれを知らなかった。
なぜこの場に見るからに貴族ではない子どもがいるのかと好奇の目を向けては、胸元のピンブローチに顔色を青ざめさせてさっと視線を外す客人たち。そんなことに気付かないスクナは、それを数回繰り返したところでようやく大広間を抜けた。
重厚な両開きの扉を、両脇に立っていたボーイに開けてもらい、赤いカーテンが引かれたガラス灯のみが光る廊下に出る。大広間はその人数故かむっとした熱気があったが、廊下はひんやりとして気持ちよかった。
「人、すごかったなあ……」
ふらふら人の波に酔ってしまったかのようにふらつく足のまま、あてもなく曲がり角を曲がった時のことだった。
「ぐっ!?」
口もとに何かハンカチのようなものを当てられ、甘い香りとともに視界は暗転した。




