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Riddle 〜魔法師たちのお仕事〜  作者: 小雨路
第6問『愛の真ん中にあって、必要不可欠なものは?』 前編
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悩み事

「そういえば、君。何か悩み事なんかはないかね?」


 あの後、アデルの両足に2人のスーツケースを括り付けて、スクナ達は空の旅へと身を興じていた。それから30分後のことだった。突然にチナミが口を開いたのは。

 風が穏やかに耳の横を通り抜ける。右手にチナミ、左手にスクナを抱えて、アデルは天高く飛んでいた。空はその標高故、凍るように冷たくて。ローブの中に長袖のシャツを着て来てよかったなぁと着るように言ってくれたユティーにスクナは内心感謝していた。

 いかにも今思い出したかのような問いかけに、スクナは首を捻ったものの。なんとはなしにその質問に答える。


「あります……けど、どうしたんですか? 突然」

「毎年些細な理由で辞めていく職員が後を絶たなくてね。相談してくれれば解決できたのに、というものも少なくはない。昨日の会議でそんな話題が出たのを思い出したんだ」

「あ、だからですか。えーと……本当大したことないですよ?」

「構わんさ」


 教えてくれ、とチナミが声をかける。ひゅおひゅお軽い音を立てる風の音を顔と耳に感じながら、困ったようにスクナは空を見上げる。

 別にどうでもいいような悩みと、特に困ってもいないようなものしかない。それがどうしたと言われれば終わってしまうようなものしか。


「えーと、なんでも?」

「構わん」

「えー……じゃあ、今のところは3つですかね」

「ほう」

「ユティーがいじわるすることと、食事の献立考えるのが大変なことと、あとヒイラギって物価高いですよねってだけなんですけど」

「あー……君たちは仲がいいからね」

「照れちゃいます」


 いじわるされることを悩みと言っていたわりには仲がいいと言われて照れるあたり、本気で悩んでいたわけではないのだろう。

 本当に大したことないなと思いつつ、最初の1つについては軽く流したチナミだった。1つめを流し、後者2つに目を向ける。献立はともかく物価についてはヒイラギを出ていってしまう可能性だってある、大問題だ。まずは1つずつ解決しようと、照れ笑いしているスクナにチナミは声をかける。


「献立だが、誰が文句を……彼か」

「自分は同じものでも全然平気なんですけど、2週間で1回でも同じメニュー出すと怒るんですよ、ユティー」

「あー」

「野菜も食べないと『お前はそんなものも食えないのか』って鼻で笑うし。自分は野菜一切食べないくせに!」

「彼にも困ったものだな」

「まったくです! 痛い!」


 悲鳴と一緒にぎちぃと音がしたため何事かとスクナを振りむくと、右手首をかざっているミサンガがぎりぎりと締まっていた。それを媒介とする謎・ユティーは会話の内容が気にくわなかったらしい。

 ためらわず主人を締め上げるところ、本当に仲がいいのやら悪いのやらと若干虚ろな目でチナミは意味もなく頷いた。1分くらいで緩まったのか、ほっと息をつくスクナにチナミは再度口を開いた。


「図書館にレシピ本が多数あったはずだ。貸し出しもしている、今度行ってみるといい」

「え、本当ですか! 行きます、行きます! チナミ班長も借りたりするんですか?」

「まあ、時々な。からあげ特集の本を」

「あ、なんとなくわかりました」


 からあげのくだりになったとき、こっくりと頷くスクナは真顔だった。

 そんなスクナに首を傾げ、チナミはその細い指で風に流れる金糸の髪を1回梳いた。


「そうかね?」

「よくわかります」

「そうかい。……それと物価はなあ。……もしかしたら助成金が出るかもしれんが……うーん」


 こればかりはチナミにはどうしようもない。現状言えることは、安売りの時や朝市、日曜市などで値切って手に入れてくれとしか言えない。また、ヒイラギにある生活困窮者のための支援制度を紹介することも出来る。

 孤独の身でまだ16歳、20歳が成人のこの世界で未成年と来れば審査を甘く見てもらえるのではないかと思うが、収入の安定している国家職についている時点でそもそもはねられてしまう可能性すらある。その場合魔法省の似たような制度を使えば……とか細い指を顎に当て、うんうん唸りだしたチナミにスクナはあわてて声をあげる。


「あ、大丈夫です。それ別に困ってないですから! ただ」

「ただ?」

「……物価が高いのは本当のことですし、その」

「まあ、元いたところはアイリスだったか? それに比べれば高価だろうな。その?」

「……ちょ、ちょっとだけ、賢く見えるかなって」

「……ああ、まあ。うん」

「その眼やめてください、お心遣いすみませんでした!」


 生暖かい視線がスクナにじんわり注がれる。(頭が)可愛い子だなあと言わんばかりのその目はやめてほしかった。顔を真っ赤にしながら、本当にやめてください! と叫ぶと、そのまなざしは解除されたが。

 耳まで真っ赤になりぷるぷる震えている部下に、チナミはなぜかむずがゆいものを感じてアデルの手の中でそっと身じろぎした。


「まあ、なら悩みは大丈夫そうかね?」

「はい、すみませんでした。全然大丈夫です」

「いや、気にしてないよ」


 きゅうと小さくなって謝るスクナに、チナミは朗らかに笑ったのだった。


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