本当の声
『帰りたくない』
金の目と合わせた途端、最初に聞こえてきたのは幼い少女の高い声だった。
「え!?」
「どうした、スクナ」
「か、帰りたくないって……」
「……それは本心か? もっとよく聞け」
「あ、そっか、そうだよね」
そこからまた、高く低くばらばらな声色たちが一斉にしゃべり始める。スクナの脳裏に直接語り掛けてくるそれは、ただ悲しみの色を持って、スクナに訴えてかけていた。
『お父様は私が嫌いなんだわ』『こわい』『たすけて』『帰りたくない』
泣きそうな声は老人から幼子まで様々だったが、それでも何かに耐えるように歯を食いしばって何かを我慢するように必死だった。
でも、違うとスクナは思った。スクナが探しているのは。ユティーが探せといったのは。こんな表面だけの張りぼての声ではない。もっと小さくて、本当を含んだ声だ。
息をできる限り殺して、耳に神経を集中させて、心の声を探っていく。耳を澄まし、隠れている本当の声を見つけるために。
『……の』
ますます土砂降りのように激しくなる声色たちの中、その合間。ほんのわずかに『帰りたくない』とは別の声を聴いた。幼い少女の声。それをスクナは聞き逃さなかった。それこそ、自分が探していたものだと確信をもって、もう一度耳を凝らす。
『帰りたいの』『お父様にごめんなさいって言いたいの』『ごめんなさい』『帰りたい』
一度気づけばどうして気づかなかったのか不思議なくらいはっきり聞こえる声。だんだん大きくなっていくそれに、スクナが頷く。
それと同時に遊子が暴れだした。黒い尾先で板張りの床を叩き、炎のように激しく舌を出して、威嚇し、暴れ回る。
スクナを見据えると、蛇行し這いながら近寄ってこようとする。その前に、ユティーは息を吸い込んで、声を上げた。
「我がアシュタルト精鋭軍に告ぐ」
まるで残響のようなきぃんと副音を響かせながら通る声。大きな声ではないそれに、その一言に、ユティーに遊子の目が、動きが止まった。
スクナ、遊子、降り注ぐ窓越しの太陽の光ですら止まったように感じた。ただ絶対的な呼吸さえ制限されるほどの、絶望的なまでの圧倒的な力に支配された感覚。それに知らず、スクナは息をつめた。
「拘束せよ」
そんな中で、普段と変わらない様子のユティーだけは。平然と、遊子をまっすぐに見据えながら、冷めた目で宣した。
ゆらり、ゆらり。遊子の周囲の地面が、空間が陽炎のように揺らぐと瞬きの間に、そこには白銀に輝く全身甲冑を着た集団がいた。腰には輝く剣を佩き、その数約100名。
拝跪をとろうとする彼らに、それよりも早くユティーは左手で虫でも払うかのようにしっしっと手を動かし、口を開いた。
「行け」
その言葉とともに、低い大歓声が騎士たちから立ちのぼる。がちゃがちゃと甲冑のこすれる音がやけに緩慢にスクナには聞こえている間に。
騎士たちは遊子を取り囲み佩いていた剣を遊子の身体の線に合わせるように突き刺し、首に剣を突きつけ、口を抱え押さえていた。
それを、ユティーの背中越しにスクナはぼんやりと見ていた。
完全に身動きを封じられた遊子に、満足そうにユティーが1つ頷く。そして、後ろに隠していたスクナに顎でいくように示す。




