大罪
「痛った!?」
「腰が曲がってるぞ、正せ」
「言葉で言ってよ!」
もう! とスクナは叩かれたところをさすりながらぶつぶつと小声で文句を言う。それに腹を抱え小刻みに震えつつ笑っていたのはチナミ。
チナミを冷ややかな目で見ながらスクナの腰を叩いた手を、何かを確かめるように握っては開きを繰り返していた。しばらくして、気が済んだのかユティーはスクナにその手を突きつける。
「手袋を」
「はいはい」
いつものことだと言わんばかりに「手袋」という単語だけで、自分のデスクに放られていた手袋を持って、ユティーの左手にはめるスクナ。ため息をつきつつもやるあたり、スクナらしいというかなんというか。
阿吽の呼吸なんて言葉を思い出してチナミはつっこみたくなったが、やめておいた。カツアゲした者の二の舞にはなりたくない。
手袋を完全にはめたと同時にユティーは姿を消した。もう用は済んだらしい。
自らのデスクで、すっかり冷めてしまった紅茶を口に含む。グレープフルーツティーの良いところは冷めると甘味が増すところだな、とチナミは1つ頷いた。
「そういえば、今日受け付けのお姉さんに会ったんですけど」
「ほう、どうかしたのかね?」
「なんか、自分のこと見て『若いねー』って言われて。『私も遊子じゃなくて謎だったら永遠の17歳だったのにー』って言ってて」
どういう意味でしょう? と自らのデスクでノートを広げながらのスクナの言葉に、チナミはふはっと吹き出した。おかしそうに肩も震わせて、笑っている。
「遊子はこの世界に完全に馴染むからね。歳をとるのさ。一方で謎はあくまで所有者に属する扱いだから、馴染むには馴染むが、完全ではないのさ」
「完全には馴染まない、ですか?」
かりかりとチナミが語りだしてからせわしなく動かしていた手を止めて、スクナはチナミを見る。綺麗な碧色の瞳と出会って、照れたようにまた筆記へと戻っていった。
どこか初々しい反応に、可愛らしいものを見たとチナミの機嫌も良くなる。
「前に言った洋服や毛皮を変える程度ならば問題はないのだが。人間の三大欲求と言われるものは故に必要ない。所有者のそれが満たされていればね」
「……昨日、ユティーが自分からからあげ奪い取ったんですけど」
「大罪だな」
からあげの件になると、腕を組み真顔でチナミは言い切った。やはりからあげ奪取の罪は重いらしい。
あまりにも真面目な顔でいうものだから、今度はスクナが吹き出してしまった。チナミはきょとんとした顔でそんなスクナを見ていた。




