土曜日出勤
晴ノ国の首都ヒイラギ。千路の都とも呼ばれる魔法師たちの中心地。
魔法省は大統領の住まう城の下、四方を白い壁に囲まれた堅固な結界の中にある。
「土曜日出勤お疲れさま」
「あ、ありがとうございます。今日午前中だけですし、チナミ班長もいますし大変じゃないですよ」
「おや、それは嬉しいね」
ことり、琥珀色の紅茶の入ったティーカップが目の前に置かれる。それに目線を本から上げて頭を下げるスクナ。満足そうに1つ頷いたチナミのフリルたっぷりの甘ロリータが翻るのを見送り、スクナは再び本へと視線を戻した。
遠くで始業の鐘の音が鳴るのをぼんやりと聞きながら、デスクについていたスクナはぎこちなく指を使い、ページをめくった。
時折指休めにグレープフルーツの香りが鮮やかな紅茶をひっかけては、幸福感にはふぅと幸せな溜息をもらした。
そんなまったりとくつろいでいる部下に、笑いをかみ殺しながら同じくデスクについていたチナミが声をかける。その肘横には、今しがた読み終えたばかりの本を重ねた十数冊の本の塔が建っていた。
「君、筋肉痛は大丈夫かね?」
「あ……まだ足と腕と指が引きつりますね。チナミ班長は……」
「私かい? もちろん全身ばきばきだよ。歩くのも辛いさ」
「それはさすがに……大丈夫ですか?」
「なに仕事は仕事、きちんとこなすさ。心配しないでくれ」
「そういうことじゃないんですけど……」
チナミがデスクでスクナに向かいぱちんとウインクする。若干首の動作がぎこちなかったのはご愛敬、仕方ないだろう。どこをどう動かしても響く。筋肉痛、超辛い。
純粋にチナミの心配をしていたスクナはどこか納得してなさそうな顔で、デスクにためてある栞の中から1枚引き抜き、本にさしてから閉じた。
「それにしても、次の日に筋肉痛が来るなんて君も若いな」
「いえ……次の日っていうか当日の夜からでした。辛くて夕飯手抜きにしたらユティーが怒って」
「……若いな。そして彼は本当に自由だな」
「あははは……」
しきりに若い若いと言っては遠い目をしているチナミに、スクナは「チナミ班長はいつから筋肉痛なんですか?」なんて聞けようもなかった。さすがにこれが失礼にあたることかもしれないのはなんとなくわかる。スクナも遠い目になった。
「私は今朝起きたらこの様さ。はは、2日遅れで来るとは私も老けたものさ」
「ふ!? いえ、チナミ班長はとてもお若くていらっしゃいますよ!」
「ありがとう、ただ身体は正直というものだ」
「チナミ班長……」
どこか切ない空気になったところで。ぎしいと音を立ててチナミはゆっくり立ち上がると、一冊の薄い本を片手にそろそろとスクナのデスクに近づいてきた。
どうしたのだろうかとそれを見守っていたスクナに、それが差し出される。筋肉痛だからだろうか、ゆったりとした動きは存外チナミに似合っていて。ぎこちない仕草すら、ビスクドールが実際に動き出したらこんな感じなのだろうとスクナに思わせた。
「これを、君に」
目の前にさしだれた本を受け取り、黒い表紙に金字で書かれたタイトルに目をぱちぱちと瞬かせるスクナ。幼い仕草はそのふわふわとした外見に沿っていた。
首を傾げ、チナミを見上げる。にこにこと笑っているチナミに、つられてにこっと1回笑い返しながら、スクナは口を開いた。




