始業
晴ノ国の首都ヒイラギ、千路の都とも呼ばれる魔法師たちの中心地。
魔法省は大統領の住まう城の下、四方を白い壁に囲まれた堅固な結界の中にある。
遠くで始業を告げる時計塔の鐘が鳴った。
「さて、君。これから研修を始めるとしよう」
「はい、チナミ班長。よろしくお願いします!」
入り口の扉を遮るように、今回の研修用にと特別に運び込まれたホワイトボードを背にして。壮年の男性のような低くかすれた声でビスクドールは鷹揚に頷き笑ってみせた。
魔法省。もともと大使館であった場所を買い受けたという建物の2階、チナミ・テルヌマが指揮を執るチナミ班の班室で、研修は行われようとしていた。
赤いステンドグラスがはめ込まれたチョコレート型の扉を入ってすぐの右手には茶色い木でできた外套かけが置かれ、左手には簡易キッチンが設置されている。その手前にはローテーブルをはさんで2つのキャラメル色のソファーが向き合っていた。
四方は全て天井にまで届く巨大な木造の本棚で覆われ、作者順ではなく見かけの良いように大きさ順で詰められた本がぎっしりと上の段まで詰まっている。
入り口から正面、唯一の窓際に設置された重厚な木造りのデスク。その隣には3つの両面式の本棚があり、デスクの上にはどこから持ってきたのかわからない本たちで見上げんばかりの塔が立っていた。
少し開いた窓から入る春風にアイボリーのカーテンがひらひらと揺れていた。この風でいつか本の塔が崩れ、同じようにデスクの上に置いてある百合の彫りこまれた時計を巻き込んで第2次被害を出すのではないかとスクナは昨日からはらはらしっぱなしだ。
窓際のデスクの斜め前に、それよりもやや小ぶりではあるがやはり木造りで、まだ造りたてなのかどこか甘い木の香りがするデスクと椅子が置かれている。その小さなデスクの斜め前には座りながらでも全体が見えるようにと配慮して配置されたホワイトボード。
「まあ、気軽なものさ。肩の力を抜いて受けたまえ」
ホワイトボードの前、腕を組みながら立ち鷹揚に頷いているビスクドールと見まごう人物こそ、この班室の主であり班長のチナミ・テルヌマだった。
陶器じみた白磁の肌に、癖のない金髪だ。ツインテールに結っているというのに、床に着かんばかりに長い。それを幾重ものレースで飾っている。
頭にはティアラを模したヘッドドレス、碧石をはめ込んで見える瞳は深く澄んだ碧色。 それを彩るまつげは長く、瞬きをするだけで音がしそうなほどだった。
まさに、落としたら割れてしまいそうな繊細な美貌。陶磁器人形の名にふさわしいほどに精緻だった。




