筋肉くんの日
チームプレイの大切さ。それがこの部活で唯一学んだことである。
将棋部でチームプレイ?と思うかもしれない。しかし聞いてほしい。これだけ個性の強い面々が集まっているのだ。各々が勝手にするならば、この部活の存在意義がない。
この部活は自分の好きを押し付けられる場所だ。
部員には、それぞれの部員の日が割りあてられる。そして、その日の担当の部員が好きな事を他人に押し付ける。
誰だって自分の好きを分かち合いたいはずだ。そんなわがままこそがこの部活の活動だ。
そして今日は『筋肉の日』だ。
心なしか今日の武は少し嬉しそうだ。
「よーし!俺と一緒に筋トレする人、手を挙げてくれ!!」
武が珍しく嬉しそうに高めのトーンで話す。
「はい!」
手を挙げたのは俺だけか。
まぁ、いつもの事だ。
俺はあまり筋トレは好きじゃない。そりゃ、男の子だし?筋肉には憧れる。けれど、恐竜図鑑を見ていている方が楽しいと断言出来る。
そんな俺がなぜ手を挙げたのか、もちろん理由がある。
「今日も恐竜と筋トレか!頑張るぞ!目指せマッスル!!」
武は元気よくダンベルを持った拳を突き上げる。
狭い部室だ、そんな大声出さなくても聞こえる。ていうか普通にうるさい。
「目指せ!マッスル!!」
特に意味もなく武に同調する。
「まずはダンベルを持って上腕二頭筋を鍛えるぞ!!」
「はい!武先生!!」
なんだかんだ言って、このハイテンション筋トレは少し楽しい。
だが、俺が手を挙げた理由はこれから始まる。
「筋肉くん!筋肉がみるみる大きくなってるよ!!」
勉強が今日の復習をしながら声をかける。
「いいねいいね!2人とも爽やかな汗だよ!!青春だね!!」
心霊写真集を見ながら暗闇先輩も声をかける。
これだ……。
『筋肉の日』にはこうして筋トレをしないやつは武の筋トレを応援しなくては行けない。しかも同じ言葉を言い続けるとダメ出しが入る。
なんて日だ!!
武は満足そうな顔をして筋トレを続ける。
「恐竜!お前も少しずつ筋肉がついてきたんじゃないか?」
そ、そうかな?武の言葉に思わず嬉しいと感じる。
「お前も、ますますでかくなったんじゃないか?」
お返しと言わんばかりに武を褒める。
筋トレ、嫌いじゃない。
やはり何事も誰とするかが重要ではないだろうか。
「何だか今日は調子がいいぞ!!よし恐竜!」
「おう!なんだ!」
どうやら今日の武はノリにノッてるらしい。こうなったらとことん付き合ってやる!!
「えっ?」
そう思ったのもつかの間。武が俺を持ち上げる。
何が起きてるんだろう?
「よし、このまま町内走ってくる!!筋トレと有酸素運動を同時にやってやる!」
何を言っているんだ?こいつは。ぶん殴ってやる!
ゴチっ
こいつっ…まるでコンクリだ。
「どうした?恐竜?もしかしてお前も走りたいのか?」
話を聞かない武が、俺の意見を聞く振りをする。
「ちげーよ!この状態で町走るとかただの…っうぉぉぉお!!」
俺が話し終わる前に武が走り出す!ほらね?聞いてない。
勉強と先輩の行ってらっしゃいが微かに聞こえる。
あぁ、人生、終わった。だって、すれ違う生徒みんな目を逸らして地面を見てるんですもの。挙句の果てには先生たちも……。
目を逸らさないで!助けてよ!!いじめだよ?これ!
町内を走り終え、ようやく俺は地面に下ろされる。
光景が異様すぎて警察もあんぐりと口を開けて、ただただ眺めていた。理解できないことが目の前で起こると人は何も出来ない。初めて警官が可哀想に思えた。
地面でぐったりとしている俺に対して、武は申し訳なさそうな顔を浮かべる。
どうやら脳みそ筋肉野郎にも人の心はあるらしい。
「俺だけ走ってしまって済まない。お前も走りたかったよな!よし!来週は俺がダンベル代わりになってやる!!」
来週はサボろう。硬い決意の瞬間だった。




