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第9話

今週もよろしくお願いいたします。

読んでくださっている皆さま、ありがとうございます。

励みになります。


 

「チヅル様、これより王の専用区域を出ます。王宮内であればどこへでも自由に出入りして構いませんが、必ず護衛を連れてください」


 先導するエルネストが振り向いて立ち止まる。その強い眼差しに、千鶴は黙って頷いた。

 迷路のようなこの場所は、言われなくても一人で歩けそうにない。ため息をこらえて、わずかに背筋を伸ばす。背後に控えている数名の護衛騎士の存在を思い出しながら。




 千鶴が王と面会した日から数日が経ち、王宮内で働く者たちに千鶴の存在が知らされることとなった。現時点で大々的な披露目はないが、黒髪を持つ者は千鶴のほかに存在しないため、察することができるのだという。

 それと同時に、エルネストを隊長とした聖女専属の護衛騎士隊が結成された。


 千鶴が滞在している部屋は王の専用区域にあり、立ち入ることができるのは許可が下りた者のみだ。つまり、その区域を出れば誰の目にも触れることになる。

 自由を望む聖女の行動を制限できる者は存在しないが、害しようと企む者がいないとも限らない。騎士を伴うことが条件ではあるが、千鶴の世界はわずかに広がった。


 その第一歩として、護衛騎士である数名を伴い、エルネストに王宮を案内してもらっていた。

 初めて部屋を出た千鶴は、思わず感嘆の声を上げる。どこもかしこも屋敷とは比べ物にならないほど広く、豪華な装飾が施されていた。

 物珍しそうに辺りを見回す千鶴に、騎士たちはこっそり微笑んで彼女を見守っている。


「チヅル様、こちらの庭園ではお茶を楽しむこともできます。天気のいい日にいかがでしょうか」

「そうですね。日当たりもいいし、きっと気持ちいいです」


 暖かな日差しを求め、千鶴は庭園に足を踏み入れた。滞在する部屋からあまり遠くないそこは、彼女にとって安らぐ場所になりそうだった。その場でくるりと回転して周囲を見渡し、深呼吸する。


 しばらく黙って草木や野鳥を眺めていると、千鶴の頭上に影ができた。見上げると、普段よりも表情の硬いエルネストが日傘を差し出している。随分と準備がいい。それは、彼が持つには随分と可愛らしいものだった。


「チヅル様、日に焼けてしまいます」

「ありがとうございます。でも、いいんです。たまには太陽の光を浴びなければ」

「しかし……」


 太陽はぎらぎらしているわけではなく、ぽかぽかと暖かい。日傘を受け取ろうとしない千鶴を、エルネストは心配そうに眺めている。


 千鶴はちらりとエルネストを盗み見た。

 可愛らしいものを持つ騎士というアンバランスな構図であるにも関わらず、妙に似合っている。千鶴は口元が歪むのをこらえきれず、咄嗟に口元を抑えて無言を決め込む。

 突然俯いた千鶴に、体調を崩したのではないかとエルネストは勘違いしていた。


「チヅル様、いかがされましたか。お加減がよろしくないのであれば、部屋にお戻りになりますか」

「……大丈夫です。久々に気持ちよく日光浴できたので、嬉しくなりました。だから、日傘はいらないですよ」

「いけません。綺麗な肌に、なにかあってからでは遅いのですよ。それに、今は大丈夫でも、油断した途端に体調を崩してしまうかもしれません」

「はぁ……」


 助けを求めるように背後を見るも、ほかの騎士たちは黙って静かに首を横に振った。彼らもエルネストと同意見なのか、もしくはエルネストになにを言っても無駄だと思ったのか。理由は定かではないが、わざわざそれを確認することはしなかった。

 それ以降、千鶴がなにも言わないのをいいことに、エルネストは日傘を持ち続けた。




 次に案内された書庫は、千鶴が知る図書館とは規模が違っていた。入口から見て左右対称に造られた室内は、それ自体が芸術品のように美しかった。本棚は壁に埋め込まれており、梯子が必要なほど高い位置にまで本が収められている。

 本棚の周囲には座り心地のよさそうな椅子と小さなテーブルが置かれており、ここで読書をすることもできそうだった。


「すごい……」

「歴代の王の所有物です。王の許可は得ておりますので、どれでも自由にご覧になってください。梯子は危険ですので、高い場所に気になるものがあれば、わたしがお取りいたします」

「ありがとうございます。今、少しだけ見て回ってもいいですか?」

「もちろんです。王宮は広いですので、本日の案内はここまでにいたしましょう。このあとの予定は特にございませんので、ゆっくりご覧ください」


 エルネストは部屋の外で控えるよう騎士たちに指示を出す。彼自身は書庫内にとどまり、千鶴からそう遠くない距離で見守った。


 本を本棚から抜き取る音。そして、紙をめくる音が小さく部屋に響く。


 千鶴の手が届く範囲にある本を慎重に抜き取り、ぱらぱらとめくっては戻す。それを何度か繰り返したところで、ある一冊の本が彼女の目に留まった。梯子がなければ届かないほど高い位置にあるそれは、見た中でも一番装丁が豪華で、価値のあるものだと感じた。


 千鶴は本を凝視しながらエルネストを呼び、指差して「あの豪華な本はなんですか?」と聞いた。エルネストはそれを目にした瞬間、明らかに顔を強張らせた。しかし、千鶴が振り返ったときにはいつもの無表情であったため、彼女が気づくことはなかった。


「あれは『聖女の御渡り』の原本です。チヅル様の部屋で、王が手に取ったものは大衆向けに複製されたものです」

「そうなんですか。とても豪華だったので、価値があるものなんだろうなとは思いました」

「……ご覧になりたいのですか?」

「え? いいえ、そういうわけではないです。ほかの本と違う感じがしたので、なんだろうなって思っただけなんです」

「そう、ですか」


 エルネストにしては歯切れが悪い。それでも彼の表情はいつも通りで、しばらく会話をするうちにその違和感は薄れていった。


 それから無言で書庫を回り、あまり時間をかけずに退室する。このとき、急な呼び出しを受けたエルネストは、ほかの護衛騎士に千鶴を部屋まで送り届けるよう指示を出してから立ち去った。一礼する姿は、騎士の見本そのものだった。


 外はほの暗く、いつの間にか廊下には明かりが灯っている。あっという間に過ぎた時間を寂しく思いながら、千鶴は部屋へ戻る道を歩いた。


 反対方向に進んだエルネストが一瞬振り返ったが、千鶴がそれに気づくことはなかった。





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