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第6話

 

 穏やかにお茶会は始まった。しかし、会話は弾まない。千鶴の体調を気遣う当たり障りのない内容であるにも関わらず、それすらもどこかぎこちない。

 まるで無理矢理セッティングされたお見合いのようだと、千鶴は他人事のように思った。


 ミルクを入れたまろやかなお茶を千鶴が何度か口に含んだところで、王が居住まいを正す。いよいよかと、千鶴はカップをソーサーに戻して顔を上げた。

 視界に入った王の顔は、迷子の子どものようだった。


「聖女様」

「……はい」

「この度は、まことに……まことに申し訳ございませんでした」


 王はおもむろに立ち上がり、千鶴の前に跪いた。


 この世界に来てから幾度となくこの光景を目にしてきた千鶴だが、今度の相手は王だ。このような状況になるのではと覚悟はしていたものの、実際にそれを目にした瞬間、一気に汗が噴き出した。

 千鶴も慌てて立ち上がり、王の前にしゃがみ込む。どうか顔を上げてほしい、立ってほしいとお願いしても、王は俯いたままだった。


 千鶴が王に会いたかったのは、事実を教えてもらうためだ。なぜ千鶴を「聖女」と呼ぶのか、なぜあの屋敷に軟禁されていたのか、きちんと説明してもらわなくてはならない。

 謝罪を受け入れるかどうか、判断するのはそれからだった。


「あの、王様」

「……なんでしょうか」

「わたしは、自分の立場が分かりません」


 千鶴は王の手を取り、どうにかして立ち上がらせた。そして、その手を離すことなく、近くにあるソファまでずんずんと進む。大人が七人ほど腰かけることのできる大きなソファは、とても座り心地がいい。

 千鶴はそこに勢いよく腰かけた。隣をぽんぽんと叩いてうながすが、王は座ることなく首を横に振る。


「王様、話をしましょう。わたしは、あなたに事実の説明をしていただきたい。でも、今はお互いの世界の常識が邪魔をしていて、話しどころじゃありません」


 だから、と言って千鶴は王の手を引く。

 王はわずかに前のめりになり、軽く目を見開いた。


「今だけ、わたしたちは非常識になりましょう」

「非常識、ですか」

「はい。今だけはお互い対等です。王と聖女という立場も、関係ありません」


 千鶴は笑顔で立ち上がると、先ほどより随分と余裕をもってお辞儀をする。それに反して、千鶴の心臓は太鼓のようにどくどくと鳴り響いていた。


「はじめまして、かっこいいお兄さん。わたしは神崎千鶴。千鶴って呼んでください。よろしくお願いします」


 改めて口にした千鶴の自己紹介は、一国の王にするそれとは違っていた。これから友人になろうとしているかのような気軽さで、それでいて挑むように王を見た。

 王が大きく目を見開いてから数秒。彼は眩しいものを見るように目を細め、千鶴から目をそらすことなく膝を折る。


「……はじめまして、可憐なお嬢さん。わたしの名は、ロドルフ=シャルロ=ジェルヴェーズ。あなたには、ロドルフと呼んでいただきたい」


 そう言って千鶴の手を取り、そっと口づけを落とした。まるで物語の王子様のような仕草に、千鶴の頬はたちまち色づく。

 いたずらが成功したように笑う王からは、先ほどの憂いが消え去っていた。






 千鶴はいそいそとお茶とお菓子をサイドテーブルに移す。さすがにマナー違反かと王をちらりとうかがうが、彼がそれを咎めることはなかった。

 王と共にソファに座り、膝を突き合わせるように向かい合う。


「チヅル様に経緯を説明いたします」

「だめですよ、王様。千鶴と呼んでください。あと、敬語もだめです」

「……では、チヅルも同じように」


 お互いが慣れないことをしているせいで、ちっとも話が進まない。それがなぜだかおかしくて、面白い。千鶴は笑って「今だけは、非常識になるって決めたもんね」と口調を改めた。さすがに年長者の名前を呼び捨てにすることはできないと言った千鶴に、王は渋々だが了承した。

 こほんと芝居めいた咳払いをした王が、「さて」と口を開く。


「チヅルは、あの屋敷の者たちからなにか聖女に関する説明をされた?」

「何度聞いても、同じことの繰り返しだったわ。聖女様は尊い存在です、しか言わないの」

「……そうか。では長くなるが」


 聞いてほしいと言葉を続けようとした王に、千鶴は「ちょっと待って」と手を突き出した。


「どうした?」

「あのね、ロドルフさん。これから話すことはすべて事実であると、約束して」

「……事実、か」

「そう。屋敷の人は『守る』と言ってわたしを囲っていたけど、ロドルフさんたちからしたら、あの人たちの行いはそうじゃないんでしょう? みんな自分たちこそ真実だと思って行動しているだろうけど、どっちが正しいかなんて、わたしには判断できない。だから、どちらの言い分が正しいのかじゃなくて、なにが事実なのかが知りたい。そういうこと」


 千鶴の言葉に、王はくしゃっと顔を歪めた。


「チヅルは、わたしの言うことを信用してくれるのか?」

「……そもそも、ここに来た時点で期待はしているわ。あの場にいるよりはましだと判断したから、ここに来たの」


 現状打破のために、王宮へ行くと決意したのだ。千鶴はあのときの強気な気持ちを思い出し、目の前の相手が王だということも忘れてお菓子を口の中へ放り込んだ。その不遜な態度を咎める者は、この部屋に存在しない。


「エルネストから話は聞いている。チヅルが望む通り、今から話すことはすべて事実だ。約束しよう」

「ありがとう。じゃあ、もちろんその先も聞いているのね」

「すべてを言わなくてもいい、だろう?」

「うん。真面目なエルネストさんのことだから、話したことは全部報告しているだろうなと思ってた」


 そう言って、千鶴は先ほどから微動だにしないエルネストを見た。彼はこの場で発言するつもりはないようで、千鶴を見てわずかに会釈をするだけだった。

 すぐ王に向き直ると、姿勢を正した彼がそこにいた。


「エルネストの言っていた通り、チヅルは聡明な方だ。あなたに信用してもらえるように、誠心誠意説明させてもらう」

「……ありがとう」


 千鶴は小さな焼き菓子を再び口へ放り込み、ゆっくりと咀嚼する。飲み込んでからしばらくは、美味しさの余韻に浸っていた。

 王は、その姿を黙って見つめている。




 王は確かに事実を話すだろう。

 しかし、すべてを語ることはないのではないかと、千鶴は予感していた。


 その予感が的中するかどうか、この時点では分かるはずもなかった。





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