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第21話

 

 千鶴が獣人の存在を知ったからといって、城勤めをする者たちの姿は今まで通りだと王は言った。

 

「わたしたちは基本的に、この姿で生活している。理性を抑える訓練としても、純人の姿でいることが望ましいとされているからね。チヅルが見たエルネストの姿は、獣化(じゅうか)と呼ぶ。身体能力が最も高いと言われる四足歩行の姿になることもある。ちなみに、耳や尻尾だけを出すこともできる」

 

 四足歩行の姿になることを完全獣化といい、そのとき体の大きさは本来の獣の姿になる。

 羽がある種族であれば、空も飛ぶと王は言う。聖女伝説よりもよっぽどおとぎ話の世界だと、千鶴は呆けることしかできなかった。




 お茶菓子もほとんど食べ切った頃、千鶴はかねてからの疑問を口にした。

 

「ロドルフさんって、なんの獣人?」

「……なんだと思う?」

 

 この国は世襲制ではない。領主から推薦された者が国を統べる。それを王と呼んでいるにすぎない。


 若くして王となったロドルフは獣人としては小柄ながらも、その圧倒的な存在感で他者を惹きつける魅力の尽きない男だった。

 

 自分から答えを言う気はないようで、王は楽しそうに笑みを浮かべている。千鶴の頭に浮かんだのは、百獣の王である獅子の姿だった。その答えに、王は笑みを深くする。

 

「チヅルには、私が獅子のように見える?」

「わたしの国では、獅子は百獣の王と呼ばれているから。もしかして、ロドルフさんもそうなのかなって」

 

 王は笑顔のまま立ち上がると、窓際へと歩を進めた。


 個人的な場だということで、いつもより簡素な服を着ている。その姿は、エルネストやビセンテよりもしなやかに見えた。窓際に手をついて振り返った彼は、わくわくしているような、それでいて少し憂いているような、複雑な表情を浮かべていた。

 

「実はね、王であるわたしの獣化した姿は、ほとんどの者が知らないんだ」

「え?」

「基本的に、獣人は他者に自身の獣性を明かさない。そして、他者がそれを知ったとしても、吹聴することは許されない。獣性の特性は長所でもあるけど、弱点にもなり得る」

 

 獣人に優劣は存在しない。しかし、当たり前のように個体差はある。

 エルネストのような一部の騎士は獣性を明かしているが、それを知るのは王宮の限られた者たちだけで、緘口令が敷かれている。


 力で統治していた過去とは違い、現在の統治者に求められているのは頭脳だ。拳で頂点を決めるのではない。かつて存在していた純人のような、聡明さが重要なのだ。

 

「調べる方法はいくらでもあるが、それは越権行為になる。たとえ王が何者でも認めるという意味合いでも、獣性は明かしていないんだ」

「……じゃあ、わたしも知らない方がいいですよね」

「いいや。チヅルには知る権利がある。知っていてほしい」

 

 王がビセンテに目配せすると、彼は一礼して部屋を出た。

 千鶴が扉の閉まる音に気を取られたその瞬間、ふわりとカーテンが揺れる。




「もう、偽ることはしたくないからな」




 千鶴の耳に届いたのは、祈るような王の声。


 はっとして声の方を見ると、彼女の知る姿の王はいなかった。現れたのは、二足歩行の獣人ではなく、完全に獣化した四足歩行の獣。


 大きく目を瞠った千鶴が表情を和らげると、王は()()()()で彼女に近づいた。

 

「……了承する前に姿を見せちゃうなんて、卑怯ですよ。ロドルフさん」

 

 改めて王の名を呼ぶと、彼はいたずらが成功した子どものように嬉しそうに笑った。










「王になってから、この姿を誰かに見せるのは初めてだ」

「そうなの?」

「ああ。実は、ビセンテとエルネストにも見せたことはない」

 

 さらりと告げられた王の爆弾発言に、千鶴は思わず「はあ?」と驚愕の表情で王を見る。王は「チヅルは表情が豊かだな」と言って、ころころと笑った。

 

「ビセンテを退室させたのはそのためだ。言っただろう? 王であるわたしの獣化した姿は、ほとんどの者が知らないと」

「そんな大切なこと、わたしに教えていいの?」

「さっきも言っただろう。もうチヅルを偽ることはないと。これは誓いだ」

「……他に、この姿を知っている方は、いるんだよね?」

 

 王は一言「いる」とだけ口にした。誰であるかを明かさないのは、その者たちを守るためだ。王の失脚を狙う者が今後現れるかもしれない。そのとき、真っ先に狙われるのは王ではなく、その周囲の者たちだ。そのため、王の獣性を知る者たちの情報は、王だけが把握している。

 

「本当に……本当に重要な情報じゃないの」

「もちろん、これを知ることで危険な目に合わせることはない。今日の件は、わたしとチヅル、そしてビセンテだけの秘密だ」

 

 眉間に皺を寄せたまま納得いかない表情を浮かべる千鶴も、今の王の姿を見るとどうしても許したくなってしまう。

 渋々頷いた千鶴を見届けると、王はいつもの姿に戻った。


 部屋の外に控えていたビセンテを呼び戻すと、何事もなかったかのようにお茶会は再開された。

 それは、あの夜のように、千鶴が眠りに落ちるまで続けられた。

 

 

 

 

 

 ふわりと吹いた風が、千鶴の睫毛を撫ぜる。そのむず痒さに、千鶴の意識は浮上した。

 朧気に照らす月明かりが、夜の深まりを教えてくれる。


 寝台から静かに起き上がると、身に着けているものがいつの間にか寝衣になっていることに気づく。応接室への扉を開けると、そこには先ほどまで楽しんでいたお茶もお菓子もなく、綺麗に片づけられていた。

 

「……チヅル様、起きていらっしゃるのですか」

 

 小さく、それでもはっきりと聞こえた声に、千鶴の心臓がわずかに跳ねた。返事をしないでいると、再び彼女を呼ぶ声がする。

 

「……エルネストさん?」

「はい。いかがされましたか」

「ちょっと目が覚めちゃって……。あの、部屋の片づけとか着替えって、誰がしてくれたんですか?」

「いずれも侍女がいたしました。お声がけしたのですが、よくお眠りのようでしたので」

 

 まるで内緒話をするように声を潜める。近くに誰かがいるわけではないのに、夜という状況がそうさせた。

 扉越しに聞くエルネストの声に、千鶴はふっと笑う。

 

「チヅル様?」

「……こうやって扉越しに話すの、あの夜みたいだなって思ったんです」

 

 あの夜がいつのことであるか、それを言う必要はなかった。エルネストが少し間を置いて「そうですね」と返したからだ。

 千鶴が静かに扉を開けると、エルネストは少し驚いたような表情をしたが、すぐに眉をひそめる。

 

「チヅル様、いくら今夜が暖かいとはいえ、そのような恰好では冷えます。寝台へお戻りください。それに、また靴も履いておられない」

「大丈夫です。あの、少しお話ししませんか?」

「……夜が明けてからでも話しはできます。どうか、お戻りを」

 

 真面目が服を着て歩いているようなこの男は、千鶴が体調を崩すのではないかといつも心配している。その様子はまるで子どもを心配する親のようであるが、彼女がそれを言うことはなかった。

 

「目が冴えちゃったんです。立ちっぱなしもなんですし、中でお話ししませんか?」

「チヅル様、淑女がそのようなことを言っては……」

「いいじゃないですか。少しだけです。ね?」

 

 ねだるような千鶴の視線に折れたエルネストは、自分の上着を脱いで彼女に羽織らせた。そして、無言で抱き上げると、声を上げる彼女を無視して応接室の長椅子に座らせる。背もたれに手をついたエルネストが、無表情に千鶴を見下ろした。彼の両腕は、千鶴の体を囲い込んでいる。

 

「チヅル様」

「は、はい」

「本来、妙齢の女性が、このような時間に、男を部屋に招いてはいけないのですよ。お分かりですか?」

「は、はあ……」

「しかし、立ったままでは、足どころか全身が冷えてしまいます。すぐに温かいお茶を用意してまいりますので、一杯が飲み終わるまではご一緒いたします。飲み終わったらお休みください。いいですね?」

 

 エルネストにしては強引な物言いに、千鶴はこくこくと無言で頷く。


 蛇に睨まれた蛙とは正にこのことだと思いながら。




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