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第19話

 

「今日はもう遅い。すぐに眠れそう? 衝撃が多すぎて、目が覚めちゃったかな?」

「そう、ですね。今は目が冴えている気がします」

「そっか。じゃあ今夜は無礼講ってことで、みんなでお茶でもしながら話そうか」

「馬鹿者。ここは女性の部屋だぞ。しかも、こんな夜中に……」


 ぴしゃりと叱りつけるエルネストの声は、千鶴が答えるより早かった。しかし、それを無視するように、ビセンテは重ねて千鶴に問いかける。


「ねえ、チヅル姫。()()()()お茶したいよね?」


 いまだぶつぶつと小言を言っているエルネストを無視した問いかけに、千鶴は戸惑いながらも頷いた。

 それを見たビセンテとエルネストは、それぞれ喜びと落胆の表情を浮かべる。


「そんなに言うなら、エルネストは外に控えていてよ。僕はチヅル姫と二人きりで楽しむからさ」


 エルネストは渋い顔で数秒考え込んだのち、お茶を持ってくると言って部屋を出た。ビセンテはにやにやと笑って、「エルネストはいくつのティーカップを持ってくると思う?」と千鶴に問う。彼女はわざとらしく考えるふりをして、人数分の指を立てる。


 しばらくして戻ったエルネストと、準備されたティーカップを見た千鶴の表情がその答えだった。




 仏頂面でお茶の準備をしていたエルネストは、千鶴とビセンテを二人きりにするよりはましだと自分に言い聞かせていた。

 たとえ千鶴が許可したとしても、どんな事情があったとしても、深夜に男を部屋に招くことは彼女の醜聞になりかねない。しかし、エルネストの使命は千鶴の気持ちを汲むことで、それを最優先にした結果がこの状況である。


「エルネスト、おかわり」

「自分で入れろ」


 ビセンテ相手には容赦がないエルネストを横目に、千鶴が自分でティーポットを手に取ろうとして失敗に終わる。言わずもがな、阻止したのはエルネストだった。優雅な仕草で注ぐ様は、給仕に慣れた執事のようだ。

 千鶴が感謝の言葉を口にすると、彼はわずかに微笑む。顔はどう見ても獣のそれだが、表情が動いていることが分かった。


 ティーポットが音を立てずにテーブルに置かれたその瞬間、不服を申し立てたのは膨れっ面のビセンテだ。


「ちょっと、エルネスト。僕にも入れてよ。ついでじゃないか」

「自分で入れろ」


 先ほどと同じ言葉を繰り返したエルネストに、千鶴は我慢できずに吹き出した。ビセンテへの態度は親しい者同士のそれだが、頑なな態度には恐れ入る。


 千鶴は一瞬の隙をついてティーポットを手に取ると、ビセンテのカップに注いだ。なぜか悔しそうにしているエルネストの口にはお茶菓子を放り込む。

 呆然としながらもゆっくりと咀嚼を始めた彼の尾は、わずかに揺れていた。それを見逃さなかったビセンテに、エルネストはしばらくからかわれることになるのだが、このときの彼は知る由もない。


「エルネストさん、今夜は無礼講ですよ。美味しいお菓子でしょう?」

「チヅル姫は本当に優しいなあ。エルネストも見習いなよ」


 笑顔に挟まれたエルネストは小さくため息をつき、今の体には見合っていない椅子に腰かけた。






 深夜のお茶会は日が昇るまで続き、こっくりと船を漕ぎ始めた千鶴がそのまま眠りについた頃にお開きとなった。

 ビセンテは千鶴を寝台に寝かせ、エルネストは茶器を片づける。


 静かに部屋の扉を閉めたあと、彼らは無言で視線を合わせる。お香の効果が切れて人の姿に戻ったエルネストは、いつもの無表情だった。しかし、数秒のあと、ふっと表情を和らげる。一歩踏み出してビセンテを労わるように肩に手を置くと、そのまま振り返ることなく立ち去った。

 文句の一つでも言われると思っていたビセンテは、目を見開いてその背を見送る。エルネストが廊下の角を曲がった瞬間、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。無造作にかき上げた前髪を掴んだまま、大きくため息をつく。


「勘弁してよ……」


 彼の呟きは、朝の静けさに溶けていった。






 千鶴が目覚めたのは昼過ぎだった。寝坊した彼女を咎める者はなく、いつも通り侍女が入室して着替えや食事の用意をしている。

 夜の出来事を彼女たちが知っているのか分からず、千鶴はあえて自分から口にすることはなかった。


 女性の獣人は血の香りに強く、日中であれば千鶴の近くにいても支障なく過ごすことができるとビセンテは言っていた。城で働く侍女たちも騎士と同様に人の姿を維持するための訓練を行っており、千鶴の側にいる三名はその中でも特に優秀だとも。


 てきぱきと動く彼女たちを、千鶴はじっと眺めた。自分と違うところは、なに一つとして見つからなかった。






 月経が終わった翌日、偶然とは思えぬタイミングのよさで部屋の扉を叩いたのはエルネストだった。


 敏感な嗅覚で千鶴の匂いを嗅ぎ分けているのか、もしくは侍女に月経の終了を聞いたのか。そのどちらだとしても――たとえ違う経緯だったとしても――体の事情を知られているという羞恥心がこみ上げてきて、千鶴の頬は赤く染まった。熱があるのかと体調を心配するエルネストを、鈍感だと思いながらやや強引に言いくるめる。それでもまだ納得していない彼に先を促すと、王が今日会えないかと言っていると口にした。

 千鶴がはっとした表情でエルネストを見ると、そのまっすぐな視線には意味があるように感じた。


「チヅル様の体調が優れないようでしたら、日を改めますが……」

「いいえ、今日がいいです。わたしは()()()()元気ですから。王様には、わたしの部屋でお茶会をしましょうとお伝えください」


 有無を言わさぬ千鶴の視線に、エルネストは渋々納得した。時間は夕食後に決まり、さっそく王に伝えてくると踵を返したエルネストが扉に手をかける。その瞬間、本当に元気だから王にいらぬ報告はするなと改めて釘を刺した。

 なんとも言えぬ表情の彼を笑顔で見送り、千鶴は侍女に指示を出す。


 日は、すでに傾き始めていた。




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