また明日とは言えないから
初恋は甘酸っぱく、叶わない。身をもって知った高校2年の夏、俺にとって彼は優しくて居心地がよく楽しい存在だった。
「佐藤は穏やかだよな」
放課後、カメラをいじる横で言われた一言。
「いきなり何?」
ニコニコと笑う塩の口から、優しいだの雰囲気が落ち着くだの褒め言葉が次から次へと出てきた。
「そんなこと言っても何もあげないよ?」
照れ隠しに言った一言に
「残念、じゃあ俺から飴ちゃんをやろう。」
となぜか塩から飴をもらう。
俺が自分に対する評価は臆病な八方美人だ。誰かと対立するのが嫌で角が立たないように人の話を聞き、いい顔をしているだけ。それなのに塩はいい奴とかいろいろ褒めてくれる。その言葉は正直くすぐったい。だけど、無邪気に繰り返される褒め言葉は素直に俺の心を満たしてくれた。
塩に褒められるのが嬉しい、塩と一緒に居られるのが嬉しい、塩に触られるのが嬉しい。そんな気持ちが積もりに積もって恋になった。
着替えの時にチラッと見える腰回り、指についたソースを舐める舌、全速疾走してハァハァとする息遣い、その時汗を拭くために体操着を上げて見える引き締まったお腹。最初は単純に好きだと嬉しいと思っていた感情にどんどん邪な思いが混じっていく。
場所はどこだかわからない。そこには塩と俺だけで、俺を見つめてくる目は熱っぽく、ゆっくりと顔を近づける。触れた唇は柔らかく、開いた口に舌を入れてからめる。味はしないが、濡れた口内と初めて感じるその感触が妙にリアルでビックリして目が覚めた。完全に勃ち上がっている己の分身を見て罪悪感を抱きつつ、夢ならば起きなければよかったと残念に思った。
ちらっと時計を見てまだ起きるには早いのを確認した。罪悪感を抱きながらそっと勃ち上がったそれに手を添える。目をつぶり、夢の中の生々しいキスの感触と、たまに抱きついてくる塩の体温と硬い体を思い出す。汗をかいてしっとりした体、温かい体温にふれるとどう感じるんだろうか。塩のものを擦り上げたら気持ちよく感じてくれるだろうか。息をあげ気持ちよさそうな塩の顔、夢の中で見た熱い目は更に俺を求めるように熱くなる。夢中でこすり白濁した液を吐き出し、止めていた息も吐く。手に残るものを見て興奮が冷めたあと、ため息を吐きながらティッシュで拭き取った。
ただの友だちに性的な目で見られていると知ったら塩はどう思うのだろうか。俺の雰囲気が好きだと言った口で俺を気持ち悪いと罵るのだろうか。そう考えるととても怖かった。だから一生このことは誰にも知られないようにしようと決めた。
伝えられない思いを胸に、今日も塩の横でただの友人を演じる。苦しくなる時もあった、だけどそれ以上に塩の隣は幸せだった。
好きな人が幸運にも誰とも付き合わず、高校生活最後の日が迫ってきたある日、俺は車に轢かれた。
「起きてー、起きてー。起きないとそのまま連れてっちゃうよー。」
間延びのした、男とも女とも言えるような声が聞こえた。目を覚ますとそこには二足歩行の真っ白い羽の生えた猫がいた。
「猫が喋っている!」
ビックリしてそういうと、まぁ、それは置いといてと言われた。何故かまぁいいかという気もしてくる。
ここはどこなんだろう。白い猫と俺だけの空間、大きめの車に轢かれたのが最後の記憶だったけど不思議と痛みはなかった。
「君は運がいい、今日の私が願いを叶える死んだ魂は君だ」
喋る猫が目を細めて口角を上げながらそう言ってきた。混乱する頭で詳しく聞いてみると、その猫はいわゆる死神やら天使やら神の使いやらで数えられない数ある死んだ魂の中、1日1つの死んだ魂を選び、願い事を叶えて、死んだものが行くところまで案内してくれるらしい。
「君の最後の願いはなんだい?叶えられるものなら叶えてあげよう。」
死んだ魂と言われて、自分が死んだことを実感する。あぁ、俺は死んだんだ。願い事、なんだろう、俺の願い事は一番強く願っていることは...
「伝えられなかった相手に告白がしたい。」
もう俺は死んだのだ。怖いものはない、気持ち悪がられてももう関係ない。逃げ道ができた。そう思って安心したら一生閉まっておこうと思っていた思いを彼に伝えたいと願った。親やその他の人にごめんなさいと思いつつ、俺はこのわがままな願いを叶えたかった。
「その願い、叶えよう。」
何人かと話している中でどんな告白をされたいか?という話になった。その時、塩はストレートに面と向かって好きだと言われたいと言っていた。逃げ道ができた今でも面と向かって言うのは無理だ。怖気付いて言えない自信がある。
俺は塩との思い出と最後に俺の気持ちを写した写真をメモリーディスクに込めて渡すことにした。最後の写真にはストレートに好きだったとメッセージを込めて。
「塩」
暗く寒い夜道を歩く背中に声をかける。
「あれ?どうしたんだ?こんな時間に。家遠いだろ?」
ここから俺の家は遠いし、塩は俺が夜の10時に寝ることを知っている。不思議がるのは当然だろう。
「渡したいものがあって来ちゃった。はい、これ。」
緊張を誤魔化すようにおちゃらけたように振る舞い、メモリーディスクを渡す。塩とばかりいた3年間は塩の写真ばかりで俺の写真は少なかった。それでもその少ない写真をみて俺を忘れなければいいという気持ちが込められている。もちろん塩への恋心もだ。
「おぉ、ありがとう。でもなんで今?明日会えるじゃん。それか、データそのまま送ってくても良かったのに。」
俺を心配してだろう言う言葉が嬉しくて泣きそうになる。あの猫のおかげでものに触れることも感覚も生きていた頃とは変わらないこの体は泣くこともできるだろう。
「そういえば、メッセージ見た?佐藤が言ってたまんじゅう見つけたぞ。もう少し早ければ一口あげれたのに。」
期間限定のキャラクターを形どった中華まんは俺が前から食べたかったもので、塩がそれを覚えてくれてたこと、わざわざ買って報告してくれていたこと、ちょっとしたことが嬉しくて泣きそうになる。泣いてはいけない、気づかれてはいけない。ずっと演技してきたんだ、俺ならいけると思っていると、塩がクシャミを1つした。
「あぁ、寒いもんね。あんまり長くいると風邪ひくね。」
俺の思いは渡せた。最後に塩に触れたかったが怖くて触れられなかった。だけどもう満足だ。
「それでは、さようなら」
大げさに、俺を忘れないように印象深く残るようにと、別れの言葉を言い、何かで見た執事を真似てお辞儀をする。顔を上げた俺はいつも通り笑えてるだろうか。
「そうだな、また明日な、気をつけて帰れよ。」
また明日の言葉に、もう会えないんだよと一粒の涙を流してしまった瞬間、目の前に二足歩行の猫のいる空間にいた。
「君の願いは叶ったかな?」
ニヤニヤと効果音が聞こえそうな顔で猫が訪ねてくる。
「うん、ありがとう。満足だよ。」
臆病な俺は直接言ってその結果を目にすることが怖かった。ごめんね、塩。困らせるかもしれない、気持ち悪がられるかもしれない。願いを叶えた今でも後悔ばかりが思い浮かぶ。もっと一緒にいたかった。それでも心は軽く、気持ちは穏やかだった。猫に案内されて、生きていた世界から完全に離れる。
塩、俺が死んだって知ったら泣いてくれるかな。塩の泣くところ見たことないなぁ、見たかったなぁ。
俺の初恋の返事を俺は知らない。最後の告白は幽霊になってからでした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました