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それでは、さようなら

 初恋相手からの人生はじめての告白。たしかに俺たちは両思いだった。今でも忘れられないあの衝撃は一生忘れることはできないのであろう。


「肉まんが食べたい。」

 受験も早めに終わり、もう登校する日も少なくなってきたある冬の夜、急に肉まんが食べたくなりコンビニに向かうことにした。冬も終わりに近いがまだまだ冷え込む暗い夜道を歩く。


 コンビニについてレジ横にある中華まんコーナーを見ると、目に入ってくる有名キャラクターの期間限定商品。佐藤が食べたいけど見つからないんだよなぁってボヤいていたことを思い出し食べたかった肉まんではなくそれを注文する。コンビニの外で包み紙を剥がし、パシャリと撮った写真と"まんじゅうゲット"の文字をメッセージアプリで送る。


 街灯が少なく心もとない夜道、まんじゅうの熱々のクリームに苦戦しながら食べ終わったちょうどその時、名前を呼ばれて振り返ると佐藤が立っていた。


「あれ?どうしたんだ?こんな時間に。家遠いだろ?。」

確か佐藤の家は電車で3つ先のところだったはずだし、駅からも10分以上かかる。それに今は夜の9時、佐藤は夜の10時には寝ると言っていた。


「渡したいものがあって来ちゃった。はい、これ。」

少しおちゃらけたような言い方で渡されたのは一枚のメモリーディスク。


「なにこれ?」


「高校生活での写真。ほら、俺ずっと撮ってたじゃん?」

写真部であるこいつは毎日のようにいろいろな写真を撮っていた。


「おぉ、ありがとう。でもなんで今?明日会えるじゃん。それか、データそのまま送ってくても良かったのに。」


「データ整理して、完成したら早く渡したくなったんだー。なんか手渡ししたくなって。」

佐藤が3年間撮ってくれた写真、家に帰ったらすぐに見てみよう。もう一度礼を言いメモリーディスクを受け取った。


「そういえば、メッセージ見た?佐藤が言ってたまんじゅう見つけたぞ。もう少し早ければ一口あげれたのに。」


「残念。美味しかった?」

スマホを忘れて来たという佐藤に例のまんじゅうの写真を見せた。


「俺には甘すぎたけど佐藤は好きそうな味だったな。」

佐藤が食べたかったなぁと少し寂しそうにつぶやく。


「あれで最後だったし、また今度だな。」


「そうだねー。」

本当に残念そうな佐藤を見て食べさせてやりたかったなと思った。寒い空気に冷えた体が限界に達したのか、クシュンっとくしゃみが一つでる。


「あぁ、寒いもんね。あんまり長くいると風引くね。」

そう言って佐藤はまるでどこかの執事がやるようにお辞儀をして

「それでは、さようなら。」

と言った。穏やかな雰囲気で顔も姿勢もいいやつがやると様になる。さすがイケメン。

眠いのだろうか、上げた顔はいつものニカッとした笑顔ではなくどこかぎこちなかった。


「そうだな、また明日な、気をつけて帰れよ。」

と、手を上げて踵を返した。帰ろうと足を進めた次の瞬間に靴紐を踏んでコケた。


「うぉお!いてぇ!」

痛いやら恥ずかしいやらで少し大げさに言い、照れ笑いを浮かべて佐藤の方を振り返るともういなくなっていた。余計に恥ずかしくなり、すぐにいなくなった佐藤を不思議に思いながら靴紐を結び直し帰路につく。


 温かい家の中でホッとしながら貰った写真データを一枚一枚見ていく。3年間に渡る数々の思い出に懐かしくなり、少し幼い顔がだんだん大人らしくなっていく姿が感慨深かった。体育祭、文化祭、特別なイベントごとや部活に昼飯、校庭での日向ぼっこなど日常生活にわたる、あらゆる思い出が写真に残されていて懐かしいなと、高校3年間の思い出に浸っていた。


 佐藤とばかりいたのに写真にはカメラの持ち主はほとんど写っていない。写っている写真を見るとレア発見と嬉しくなった。


 佐藤のニカっと笑う顔が好きだが、写真に映る顔はどこか不自然で、撮るのは好きだが撮られるのは苦手だと言ってたことを思い出して自然に口角が上がってしまう。どんどん写真が現実の時間に近づく中、最後の一枚は人物でも風景でもなくルーズリーフが1枚写っていた。俺は写真の中に書かれている文字を見て一瞬固まってしまった。


塩へ

ずっと好きでした。

      佐藤


少し右上がりの癖のある字で間違いなく佐藤本人が書いたものだとわかった。


 一言で表すと穏やか。静かに相槌をうち、よく相談なんかをされていた。安心できる雰囲気が心地よくて、いつも隣りにいて卒業後通う学校が変わっても多分この関係は変わらないなと思っていた。「ずっと好きでした」という文字に一瞬冗談ではないかという考えがよぎる。スマホを手に取り、メッセージアプリを起動するが、そこで手が止まる。佐藤という友人について考える、このような冗談を言うやつではない。では本気なのか、佐藤が俺に?男が男に?初めてされた告白。初恋もまだな俺は予想外の相手からのそれにかなり戸惑っていた。


 好意はある。なんてったって3年間一番そばにいた相手だ。友達以上の親友と言ってもいい。誰よりも隣りにいて心地良い存在だ。だがしかし、それが恋愛に繋げられるかがわからない。わからないのに付き合ってそれからやっぱ無理でしたというのは残酷だ。


 そもそも恋人同士って何をするんだ?キス?それ以上?と考えて想像をする。目線も体格も変わらない、多分キスしやすいだろう。そっと目をつぶる佐藤を想像し、顔を近づける。感触も体温も感じないただの妄想、嫌ではなかった。できそうだなというのが感想である。しかし、それ以上の行為は想像すらできなかった。


 嫌ではないというだけで付き合っていいものだろうか、結果的に佐藤を傷つけて離れるのは嫌だ。男でも不思議と佐藤だからと嫌悪感はない。断ったら泣くかな?それも見たくない。

 

 告白されたときはもっとこう、好きなら好き、そうではないのだったらそうじゃないと、はっきりするものだと思っていた。断れば良いのだろうか?そう考えるとなんかモヤモヤする。ウジウジウジウジ考えて歩き回って「あー」やら「うー」やら言っても答えは出なかった。ただ、離れるのは嫌だということと告白自体は嬉しいということしかわからなかった。


 気がついたら朝だった。ボーッとした頭でどんな顔をして会おう、何を言おうと考えていると教室についていた。不安とドキドキとよくわからない感情とでいっぱいいっぱいになりながら佐藤が来るのを隣の席で待っていた。お試し期間とか作っても良くないか?聞いてみるか?嫌そうなら諦めて、このよくわからない感情の答えを見つけるために時間をくれと頼もうと決心したとき、チャイムが鳴った。佐藤は来ていない。


「非常に残念なお知らせがある。」


来ない佐藤の席を横目で見ながら、あの写真で気まずくなったのかとか、寒くて風邪をひいたのかとか考えていた。


「このクラスの佐藤が昨日夕方、車に轢かれて亡くなった。」


寝不足でボケーとした頭に、先生が口に出した佐藤の名前とその後の言葉が頭の中にゆっくりと入ってくる。どう表現していいのかわからない、ただゆっくりと言われたことを理解する。昨日の夕方?佐藤が?亡くなった?えっ?昨日の夜に俺は佐藤と会ったよな、亡くなったって?死んだってこと?疑問だらけで頭の中がパニックになる中、教室は一気にざわめいていた。


その後の記憶はあやふやで、気がついたら家にいて、気がついたら昨日もらった写真のデータを見返していた。写真のデータだけが昨夜の出来事は現実だったことを示していた。確かに昨日の夜に佐藤に写真をもらった、だけど昨日の夕方にはこの世にはいなかったらしい。勝手に涙が流れていた。


本当に俺のこと好きだったのか?

どこが好きだったんだ?

幽霊になってまで伝えたかった?

さようならってもう二度と会えないってことか?

俺の返事はいらない?

疑問は浮かんでくるが唯一答えを知っている相手はおらず、気づけば佐藤のことばかり考えていた。ゆっくりと流れる時間の中、ただ俺は佐藤のことが好きだったということを実感していった。


暗く寒い夜道を甘い中華まんを食べながら歩く。


”塩”

懐かしい声が俺の名前を呼ぶ、振り返ると俺の好きだった笑顔がそこにある。


"なぁ佐藤、俺もお前が好きだったよ....俺みたいないい男と付き合えなくて残念だったな"

と言って中華まんの最後の一口を差し出す。


そんな妄想をしながら冬になると甘い中華まんを食べながら歩くが、最後の一口を食べ終わっても名前を呼んでほしい相手は現れてくれない。


今でも少し痛む初恋の記憶。はじめての告白は幽霊からでした。

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