戦争
「さぁ、『お姫様』の眼帯をとってやれ」
しゅるしゅるという衣擦れの音。
少女の暗闇が晴れたとき、目の前には赤黒い空と、いくつもの屍が転がっていた。その屍がどちらのものかは分からないけど、この意味があるかすら怪しい、見栄の張り合いと化した不毛な戦いによる犠牲者だということは少女は知っていた。
ゴトンという揺れと共に車椅子が進む。乗り心地は最悪だ。どうやら整備されていない悪路ならしい。それもそう、こんな地面のひび割れた荒野なら整備されているわけがないのだ。誰が車椅子を押しているかはわからない。後ろを向いてはならない。ただ、前だけを。遠くにいる人の塊だけを見つめろ。
「虐殺ショーの始まりだ。やれ、79」
79と呼ばれた少女の蒼い眼が紅く染まると同時にじりじりと熱がこもる。熱くなった眼の視界に入るその塊たち、それらから伸びた枝のような棒切れたちはみるみると本来ならあり得ない方向へと捻れ、蠢き、潰れていく。
「がっ…アあ、アあ唖ア?婀#※♭鐚!!*¶!!」
聞こえてくるはずのない、骨と骨の擦れ砕ける音が聞こえてくる気がした。
渇いた大地が血で潤されていく。北から吹く風は、血と体の“内蔵物”の臭いを運んできた。ぷぅんとした独特の臭いが鼻をつく。
「うっ…」
視界が真っ赤に染まる。どうやら眼から血が出ているようだ。
若い男の声が叫ぶ。すぐ後ろから聞こえてくるということは、この男が私の車椅子を押しているのだろうか。
「大佐!眼のオーバーヒートです!これ以上は79の方が危険です!!」
「チッ…試験体の成功例がもっと出ていればこの程度は使い潰せるんだがな…よし、ヨハネス、眼帯をつけてやれ」
「は、只今!」
再び少女の視界が真っ暗になる。その血腥い臭いは相変わらず鼻をつくが、まぎれもなく自分が作った屍体たちを見なくていいなら少女はそれでよかった。
大佐と呼ばれた男、マクベス=モンタークは少女が見つめていた先、ウルム王国軍の陣があった場所を見やる。前衛の第一戦車隊及びその後ろの歩兵隊はほとんどが壊滅、それも全て79の魔眼によるものだった。
「『魔眼』とはこれほど強大なものなのか…末恐ろしいものだ、クク」
その言葉と反して、マクベスの口端はすっとつりあがった。
『魔眼』。神代における神秘の眼を、彼らはそう呼ぶ。とある眼のような石を彼らマインツ帝国は約五十年前に発掘した。数年にわたる研究の結果、それは古代ギリシア神話におけるメデューサの石化した眼と判明した。もちろん最初は誰もがそれを疑ったが、その石から読み取れる、蛇と人のハーフという人間ではありえないDNA情報がそれが真実であることを示していた。そこから数十年にわたり、その眼を人間に転用し生物兵器とする研究が極秘裏に為されていった。オリジナルの魔眼の能力は石化のみであったが、マインツではそれを毀損の能力に転化させることに成功した。
「今やこの毀損の『魔眼』があれば、私たちマインツは瞬く間に周辺諸国を制圧することが可能でしょう!」
柔らかい絨毯の敷かれた、赤と金を貴重とした部屋に大きな円卓がおいてある。その円卓を囲む壮年の男たちに向けて、マクベスは声高らかに謳った。
「しかし」
ずんと場の空気の質量が増す。
現状『魔眼』持ちの改造成功例はただ一人。量産の難しい『魔眼』持ちは、実験すら慎重に行われてきたはずだ。これからもそれは同じこと。その『魔眼』持ちで一個の兵団を作ろうとは、遥かに遠い夢物語なのではないかね、マクベス大佐?」
奥から2番目に座っていた白い髭の男が言う。マクベスは言葉に詰まりながら返した。
「っ…がしかし!魔眼の力は我々の想像を遥かに越えた強大な存在です!5人造るだけでも、我が帝国の第一精鋭部隊に相当します!」
「その5人を造るのすら難しいと言っているのだ!!!第一、毀損の魔眼のみでは防御にあまりに欠けるのだ…。例えどんなに強かろうと通用するのは敵に魔眼の存在を知られていない序盤のみ。いかに最高の性能を持つ魔眼持ちとて、心臓を撃たれてしまえば終わりだ」
食いぎみに白い髭の男が一喝する。普通の人間なら、その重さで吐いてしまうような、そんな圧力。みしみしと体が軋むかのようなそれをマクベスは全身で耐えていた。
「下がれ、マクベス大佐」
「………は」