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まだ決めていない

作者: 夕涼み

 

 


 ー花ー


  駅に着くと、同じクラスの女の子が見えた。跨線橋を渡って帰宅方面の電車が出る乗り場へと歩いていく。彼女は僕に気付いているだろうかと考えながら一歩一歩足を進めた。彼女の前に着いたら肩を叩いてあげるつもりだったが、やっぱり気付いてたみたいだ。すっ、とこちらに顔を上げ目を合わせた。

  「気付いてた?」

 イタズラっぽく聞いてみた。

  「うん。橋渡ってるのが見えた」

  二人で話すとき、僕は口数が少ない方ので大体先に喋り出すのは彼女の方だ。

  「ねぇ、担当の先生山下だったんだけど!」

  彼女はまた僕にまっすぐな目で話しかけてくれる。

  山下は僕たちの学年の主任で、僕は先生の言っていることは正しいと思うしなんなら良い先生と思っているくらいだ。けれど女子からの評判はやたら悪いらしく、なんと言ってもあのビール腹とハゲた頭と髭がダメらしい。

  「それはお疲れ様」

 女子の目線に立ってそう言ってみるが、彼女は厳しそうなんだよねー、と外見のことは別に気にしていないようだ。彼女の受験での面接練習の担当がその山下に決まったらしい。

  僕はいつも彼女といる時に自分はどんな印象を持たれているだろうか、ただそれだけを気にしていた。

  高校に入学してもう3年が経ち、帰り道が同じで電車通学なので2人ともよく話すようになっていた。クラスも3年間ずっと変わらない科に入学したのでずっと一緒だ。だけど僕は彼女のことをまだあまり知らない。話の薄っぺらさもあるのだろうか、彼女がよく笑うからだろうか。とにかくあまりお互い自分のことについて話したことがない。

  「どこで乗り換えるんだっけ?」

 調べれば分かるようなことをわざわざ聞いてみる。沈黙は辛いから、なんでもいいから話さないと、と思ってしまう。

  「えーと、藤ケ谷」

 答えてくれる。ただそれだけだ。

  「って、調べろよ!」

 笑いながらそう言ってくる。面倒くさいからだと言いながら僕も笑う。

  彼女の目はいつもまっすぐだ。汚いものはひとつも混ざってやしない。どうしてこんなに綺麗なのだろうかと思った。こんな目をしていれば、世界はきっと楽しいことだけで溢れている。どんなに生きたらこんなに綺麗な目を輝かせられるのだろう。どうして僕の目は彼女のような綺麗な目とは程遠いのだろう。僕は彼女になってみたい。彼女の目で世界を見てみたいと思った。

  彼女の綺麗な瞳に僕はどう映っているだろうか。きっと僕のことを変わってるとか、変だとか言うと思う。確かに僕は彼女の前ではいつも変だ。わざと変にしてみたり、天然で僕が本当に変な時もあって、彼女はそんな自分をいつでも笑ってくれる。僕はそれを心地よく感じる。そして僕はそんな彼女の澄んだ瞳と陽のような笑顔を汚したくないと思った。きっと、僕達には一生このままの関係が正しい。

  そして大事なものこそ変わらない方がいいんだ。

  きっと、それは僕達も同じだ。



 ー風ー


  早朝僕が教室に一番乗りで来て小説を読んでいると、いつものように彼はおはよー、とだけ言って自分の席に着いた。それ以外はなにも話さない。週一回彼と塾までの道を一緒に帰るのだが、ある時僕が、俺らって仲は良いのにあんまり話さないよな、と呟くと彼は俺はこういう関係が一番良いと言った。それもそうかもな、と僕は返してまた沈黙は続く。だけど全く苦痛じゃない沈黙だ。

  彼は僕とよく似ているといつも思う。あんまり人前に出たりするのが得意じゃなくて、人見知りで、でも仲良くなったらよく喋ったりするところだったり、社会の現状に不満を垂れたりする、すぐに人のせいにするとか、悪いところまで似ている。似ているもの同士は仲が良くなりにくいらしい。けれど僕達は親友と呼べるほどではないが、仲は良い。それに僕の言うことを一番正確に理解することができるのはこいつだ。似ていて良かった。僕にとって大事な関係だ。

  しかし、僕の方が人付き合いは上手い。これだけは言える。なぜなら、僕は友達が凄く多いからだ。先生とも男子とも女子とも、上手に関わっていける。そんな自分が彼と違う大きな点だと思っていた。

  でも、これって別に自慢でもなんでもなくてここにある事実そのものだ。どうしてここに彼と自分の差が生まれたのか、育ってきた環境としか言えないのだろうか。勿論、普通に考えるならその筋は正しくて多分間違ってない。でも、僕はもっといい答えが欲しい。もっと自分の手で今の現実が変えられるんだって、環境なんか関係ないんだって、確固たる証拠を、彼を助ける永遠の治療法を、僕はこの手で見つけてあげたい。だって、そんなの不平等じゃないか。そんなの生まれた時から全部決まってるみたいじゃないか。自分の無力さを受け入れろって言われてるみたいじゃないか。そんなの僕は納得いかない。僕が変えて見せたい。絶対に。人生をかけて僕は、彼を助けてあげたい。

  「もう死にたいわー俺」

  「そんなの言うだけただじゃん、本当に死にたい人なんてもっといるんだぞ」

  「まー確かに」

 本当は死にたい夜が何日何日も続いた時期はあったけれど今の僕の心は晴れていた。

 

 ー山ー


  リュックが重い。取り敢えず今日勉強する可能性のある科目の教材は全部持ってきてやった。

  「ありがとっ」

 先に図書館に着いて席を取っていてくれた慶也に声をかけて、イスに座った。少し窺ったが、特に話しかけてくる様子もないのでそのまま勉強に手をつける。模試の成績が良かったので自慢してやろうと思ったが、話す気がないなら後でいいと思い参考書を開いた。

  時間は一瞬で過ぎ去って行く。現在から辿れば過去なんてつい数時間か前のことのように思えるが、後もうひとつ時間の流れの速さを感じるのはこの集中した時だ。

  一心不乱にシャーペンを走らせる。他のことは何も考えない。僕はそんな時間が好きで勉強のそういうところは悪くないと思う。

  「潤、昼飯何時に行く?」

 と慶也がイヤホンを外し、声をひそめて話しかけてくる。時刻は12時3分。

  「12時半になったら」

 と僕が返すと、オッケー、と返事し再び勉強に取り掛かる。

  後30分だ、頑張ろう。と集中力にエンジンがかかった。

  よしっ。難問を解き終えた時は快感が残る。時計を見ると、12時29分だった。

  「行きますかぁ」

 僕が話しかけると時間を見計らって単語帳の勉強に切り替えていてくれたであろう慶也は頷いた。

  「何にする?」

 図書館を出て普通の声の大きさで話せるようになると、慶也はいつものように僕に何を食べたいか聞いてきた。

  「んー。今日は定食屋」

 特に食べたいものがない日はこちらが聞き返すが今日は何となく定食を食べたい気分だったのでストレートにそう答えた。果たして定食という食べ物のジャンルが存在するかは分からないけれど。

  「定食かぁ」

  「何定食?」

  「普通に唐揚げとかかな。なんか他にあったらいいけど」

  「俺は行ってから決めようかな」

 と慶也は返し、僕達はアーケード街を歩き出した。

  意外とすぐ近くに定食屋はあった。席に着いて僕はラーメン定食があったのでそれにした。僕の経験上、前もって考えていたことがそのまま実行されることは極めて稀のような気がする。慶也は悩んだあげくトンカツ定食にしたみたいだ。

  「すいません」

  「はいはい」

 額にたくさん汗を滲ませた年配の女性がこっちにスタスタと歩いてきてくれる。どうしてこの歳のふくよかな女性ってのはこんなにも不快さを感じさせないのだろう。街中を歩くとすれ違う使い捨ての顔を作り上げた若い女性とは大違いだ。

  「えーと、トンカツ定食とラーメン定食で」

  「えー、トンカツ定食と。ラーメン定食だね」

  「はい」

 慶也は僕のはい、という声に合わせるように頷いた。

  「あ、こないだの模試校内で4番だったよ」

  「マジ?ヤバイな。天才かよ」

 誰にでもできそうな返事をするのが慶也だ。だけど僕はそれで十分だと思う。誰かを不快にさせるようなことは絶対に避ける慶也の振る舞いはいつも僕に安心感を与えてくれる。きっとこいつとの関係もずっとこのままでまいいはずだ。自分が否定されることなんてまずなくて、僕は何にも嫌な思いなんてしなくていいからだ。僕は自分さえ良ければそれでいい。他人のことを思って行動するなんて強さじゃないことだって知っている。そんな自分が正しいと今は思わせてほしい。

  間違ってたとしても今の自分にはこの答えが正しいんだ。


  ー浮ー


  ぅわぁっっっ!なにこれ!テンションの高い彼女はいっつもなにかにビビっていた。今日は変な物体が廊下に落ちてたと騒いでいる。

  「あぁ、どんなやつ?」

  「なんか茶色いヤツ!」

  「うんこじゃない?」

  「いや、そんなんじゃないって!」

 どうでもいいので適当に返すが、うん。まぁどうでもいい。

  「今日は珍しく早いね」

  「うん。今日は課題がまだ終わってないから」

  「ふーん」

  「はぁー、ほんとに終わらない!」

 常に彼女は喋っているので沈黙はないに等しい。こちらとしては助かる。

  「それよりさぁー。潤最近めっちゃ寝てない?朝早く来るよりもっと寝たほうがいいよ!」

  「それは確かにあるね」

  「うん、絶対うちこんなに早く毎日起きれないもん!」

  「考えておきます」

  「うん、絶対そうした方がいいよ!」

  僕は高校2年生の時、ずっとギリギリの時間の電車で学校まで通っていた。遅刻ギリギリに教室に駆け込む毎日、特急車両しか使えなくなって毎日300円払ってその特急車両に乗っていた。今考えるとあの時使っていたお金はとても無駄だ。自分が早起きすれば済む話なんだから。それなのに僕は他人に迷惑をかけてばかり。学校に行くことさえ惰性で続けていた。

  高一の時は毎日決まった時間に朝の電車に乗って乗り過ごすこともなく通学していたのだが、高校二年の四月がスタートしてからずっとその特急車両を使ってしまう通学が続いていた。家に帰っても明日を生きる気力が湧かなくて、毎日夜中まで意味もなく起きては朝寝坊することの繰り返し。こんな生活早く抜け出したいと思えば思うほどに僕は自分でも信じられないほど僕を追い詰めていた。

  非定型の鬱病だった。それを初めて知った時そんなはずはないと思った。だって鬱病ってこんなのじゃないはずだ。もっと辛くてもっともっとしんどいはずだ。鬱は脳が病気に罹った状態だと聞いたことがある。だって傷ついてるのは僕の脳じゃない。僕の心を僕が穢したんだから傷ついてるのはその僕の心でしかもそれは僕の責任だ。

  「終わったー!」

  「へー、おつかれー」

  「潤はやったの?」

  「やってない」

  「やってないのかよ!」

 この人といると、他人から見るとそれでもまだテンションは低いそうだけれど、少しつられて気分が浮いてしまう。こいつのテンションが高すぎるのと何を言ってもマシンガントークで返してくるせいでこっちもどんどん口から言葉が止まらなくなる時があった。

  自分は都合が良すぎる人間だからその時は自分が人によってキャラクターを使い分けられる人間だと思い込むことで自分の気持ちを和らげていた。

  そうしないとまるであいつだけ俺が気に入ってるみたいに見えてしまうから、もし他人に、気になってるのか、と聞かれれば、自分は人によってキャラクターを使い分けているからあれは作ってるんだよ、と言って対応するつもりだった。

  だけど、本心を言わせてもらうと実はちょっとその女の子のことは気になっていた。

  可愛くて元気のある子ってきっともう生まれた時から男女問わず、世の中の人に愛されるってことが決まってる。

  生まれ変わったらこんな女の子の人生を生きてみたいとも思った。少なくとも人から嫌われたりするようなことは絶対にないと思った。人から愛されるっていうのは幸福の定義そのものだと僕は思っていた。

 

 ー陽ー


 暑い。酷暑だ。今年の夏は今までの人生で一番ヤバかったかもしれない。

  「あっちー。もうカッターシャツびしょ濡れだわ」

  「俺もヤバい。てか臭くない俺?」

  「いや、まったく」

 竜斗は笑いながら声を出す。

  「マジで?良かった」

 ホッとしたように声を漏らす。

  このやり取りはいつものことなので慣れてはいるが、やっぱり確認しないと安心できない。だって自分では自分の汗の匂いが臭う時がよくあるからだ。

  「今日飯行く?」

  「うん!行こう」

  「何食いに行く?」

  「なんでもいい」

 麺類が食べたかったけれど敢えてそれは言わなかった。

  「じゃあつけ麺行くか!」

 おっと麺類。当たりだ。

  「いいよー」

 竜斗は話を振るのが上手い。別に口から次々話が出てくる奴だという訳ではないが、話題を作るのが上手なので彼と喋っても暇はしなかった。

 

 ー慈ー


  どうして彼女はあんなに可愛いくないのに可愛いんだろう。彼女の顔は、綺麗かと聞かれればそうでないと言う人が多いくらいの顔面偏差値だ。

  だけど、彼女は可愛かった。そしてそんな彼女の可愛さに気付けるのは自分だけだとも思っていた。

  月明かりの照らす夜、砂浜で彼女と二人で黙ったまま、夜が明けるまでずっと波の音を聴いていたかった。彼女の哀しさに寄り添って、そして僕も本当の哀しい自分を彼女に見て欲しかった。お互いに理解し合えなくても良かった。彼女にただ聞いてもらうだけで良かった。僕はそんな彼女と一生一緒にいたかった。

  僕はこんなの初めてだとずっと思っていた。僕は彼女のことが好きで、でも別に彼女が僕を好きになってくれなくたっていい。ただ僕が彼女のことが好きで喋りかけているだけで幸せだった。

 ー針ー


  彼はいつも僕を羨んでいた。だけど、今は僕の方が彼を羨んでいる。いつのまにかその関係は逆転してしまっていたように感じる。できれば僕はその関係をひっくり返されたくなかった。でも、それは自分のせいでいつのまにか変わってしまった。


 中途半端すぎますが一旦終えます

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