第96話 南国
南国は、慣れてみると、住みよいところだった。木々に成る果物は豊富で美味しく、恐ろしい猛獣の姿も無く、魚たちは人間を知らないようで、幾らでも捕まった。
操船に携わらない人々は、船の甲板を洗ったり傷んだ索具を取り替えたりする日常業務を行い、その合間に、食糧を集めた。
毎日、日本では考えられないほど暑い。
寧々と鞠は、南国の強い日差しを避け、涼しいヤシの木陰で、得意の裁縫の腕を生かして、傷んだ帆を修繕した。
縦長の帆布を何枚か横に繋いで縫い合わせて、一枚の帆に仕上げていく。ごわごわの厚い帆布と、畳針ほどもある太くて長い針で手を傷めないよう、金板で補強された丈夫な手革を掌にはめ、たこ糸程もある太い糸に獣脂を塗って、一針一針、丁寧に縫っていく。
帆は嵐で大分やられていて、たくさん縫わなければならない。働く二人の側で、指をくわえて見ているわけにもいかず、紅も手伝ったが、寧々や鞠が縫うと、針はシュウッと良い音をさせて帆布を滑るように進んでいくのに、紅が縫うと、何故だかポキポキ折れてしまうのだった。
一日中縫い続けても、寧々と鞠は、それでも足らずに、船蔵にあった積荷の中から南蛮人の衣装を引っ張り出してきて、自分に合う大きさの物を選び、袖と裾を始末して、今でいうワンピース水着まがいの物を作り、紅にも作ってくれた。
縫い物が終わると、毎日、水浴びした。
三人が、仲良くなった原住民の子供たちと、小屋の近くの浜辺ではしゃいでいると、いつのまにか秀吉が紛れ込んで、陽気な原住民の娘たちと戯れている。
水浴びの後は、寧々や鞠にせがまれて、紅が笛を吹いた。
秀吉ばかりでなく、仕事が終わって水浴びにやってきた秀吉の供の三人の少年たちやトーマスも、耳を傾けた。
どういうわけか助左は姿を見せない。
仕事が終わると一人、何処かに出かけてしまう。
助左の手下たちもその行方を知らず、ちょっとしたミステリーだった。
紅は不審に思ったけれど、乗組員たちは彼の放浪癖に慣れているらしく、猫が、
「ま、放っといておやんなさい。暫くしたら、お戻りになりやす。」
と言ったきりだった。