第95話 助言
助左と手下たちは熱心に学んだ。
助左は船乗りとしての勘に優れ、特に操舵にかけては天才的だった。
船は、風や波によって、重心が定まらない。舵柄の助けによって平衡を保たないと、真っ直ぐに進めない。船の軌道修正のために、船の揺れを先に察知して舵を取る、まさに理想的な操舵手だった。
とはいうものの、和船とは造りからして根本的に違う洋船を操るのは、なかなか大変なことだった。
「なんか自分が船乗りだってのが嘘みたい。」
猫がぼやいた。
「それにしても若、頭と祝言、挙げねえんですかい?今、皆、暇だから、丁度いいじゃねえですか。」
「大勢死んだんだ、喪中にそんなこと出来ねえに決まってるだろう。」
助左はそっけなく言った。
「そんなこと言って。じゃ、永遠に無理っすよ。俺たちの稼業じゃ、明日、生きてるかどうかもわかんねえンだから。」
「それに、あいつは嫁じゃねえ。」
「またまた。」
猫は言った。
「もういい加減、認めちゃいなさいよ。」
「実は告白した。」
渋々、白状した。
「で、何て?」
「すごく驚いてた。」
「ンで?」
「それだけだ。」
「それだけって。」
猫は呆れた。
「その後、どうなったんです?」
「どうもこうもない。」
助左は眉根を寄せた。
「全くしゃべってねえ。」
「何スか、それ。」
「あの驚きよう。」
思い出しても、忌々しい。
「俺のこと、ほんとに眼中に無かったんだ。男だなんて知りませんでしたっていう面してた。」
零した。
「俺は」
むっつり言った。
「商売女しか知らねえ。」
「ああ、しかも姐さんしか知らねえもんね。」
「俺たち船乗りと女ってのは、金払って寝て、それから関係が始まるもんなんだ。素人女なんか知らねえ。ましてや、あいつは武家のお姫さまだ。どうしたらいいか、まるっきりわからねえ。」
「じゃ、押し倒しちゃえば?」
「ああ。」
嘆息した。
「貴重な御意見、有難よ。お前の考えることなんてどうせ、そんなこったろうよ。」
「駄目スかね?」
「俺のこと、煙ったく思ってんだ。そんな奴に押し倒されたら、嫌いになっちまうに決まってるだろうが。」
「随分と意地悪したからね。」
猫は言った。
「大体さ、若、そもそも、彼女と仲良くなりたいの?」
「そりゃ……なりたいさ。なりたいに、決まってるだろう。」
猫はなだめるように言った。
「若はさ、顔は南蛮人みたいで残念だけど、心は日本男児なんだ。そのうち、若のいいとこ、頭だってわかってくれますよ。まずは取り合えず、頭に、優しくしてみるところから始めたらどうですかい?」