第91話 救出
小太郎たちは藪に隠れ、紅だけが小屋に近づいた。
小屋の前に一人、倒れて、戸を力なく叩いた。何度も叩いているうちに、誰何する声が、戸の内側からした。
「開けてくだされ、助けて。」
か細い声で、息も絶え絶えに訴える。
「あいつ結構、役者だな。」
藪の中から透かし見ていた小太郎が、小声で言った。
細く戸が開いて、
「ダレダ?」
片言の日本語が聞こえた。
「船が難破して、ようようここにたどり着きました、どうかお助けを……。」
戸が細く開いて、周りに誰も居ないのを確かめた。
南蛮人が一人出てきて、紅の腕を取って、中に引き入れようとした。
その瞬間、紅は、隠し持っていた火縄銃の銃床を、思いっきり南蛮人の顎に突き上げた。
衝撃で後ろに吹っ飛ぶ南蛮人の身体を踊り越えて、虎之助と市松が小屋に飛び込む。
見張りを、あっという間に片付けてしまった。
狭い小屋に、人々がごちゃまぜに詰め込まれている。
「殿っ、お方さまっ!」
虎之助が大きな声で呼ぶが、姿は見当たらない。
「とりあえず、この人たちも逃がしましょう。」
紅が言った。
一方、別の小屋に近づいていた助左は、細く高く、猫の鳴き真似をした。
それに応えるかのように、別の猫の鳴き声がしたかと思うと、黒い影がすうっと助左の側に寄り添った。
押し殺した声で、影が言った。
「若!よう御無事で!」
「お前もな。他の連中はどうしたィ?」
「伊之助爺さんと兎丸が、あン中に。あと、羽柴の旦那と、猿っていう奴も。」
「ぬし、どっから涌いて出た!」
たまりかねて佐吉が口を挟んだ。
「ども。」
猫は礼儀正しく挨拶してから、答えた。
「あの小屋から。」
「コイツは、自分の頭が入るくらいの穴さえ開いてりゃ、身体をすり抜けて出て来ちまうんでさ。」
助左が言った。
「猫ってそうでがしょ。だから付いた渾名が『猫』。」
猫は言った。
「猫って九つ命があるんだそうですよ。でもあっしは人間だからね、一つ引いて八つってことで猫八てンでさ。でも皆、猫って呼んでるんでね、お侍さんも、猫って呼んでおくんなさい。」
「じゃ、ぬし、捕まってる必要なんぞ無いではないか!」
「なに、行くとこも無かったし。皆と居ると心強いじゃないですか。」
猫はしゃあしゃあとして答えた。
「よく言うじゃないですか、ひとりよりふたりってね。」
「鍵は開けてきたか。」
助左が聞いた。
「ええ。もうすぐ何か、おっぱじまるようですよ。」
猫が言い終わらないうちに、小屋の隙間という隙間から、勢い良く煙が噴出してきた。
小屋の戸がバタンと大きく開いて、煙に巻かれた人々が、咳き込みながら、我勝ちに飛び出してきた。その中に混じっていた奴隷商人たちを、杖を握った助左と、大きな棍棒を持ったレヴロンが倒した。
逃げてきた人々を、佐吉が誘導する。
秀吉の姿を見つけた。
「殿、御無事で!」
「おお、佐吉。寧々は何処じゃ。」
「ご一緒ではございませんでしたか。」
逃げ出す人々の一番後ろから、覆面をした猿若が現れた。
「鞠さまと於寧さま、伊之助さんに兎丸、他に数人の原住民たちが、母屋のほうに連れて行かれたようでございます。」
小太郎は母屋に踏み込んだ。
が、誰も居ない。
「奴ら、逃げたぞ!」