第90話 三人の少年
暗くなって、行動を開始した。
助左を先頭に、紅が続く。
彼は杖を巧みに使って、健常な人と変わらぬ、いやそれ以上に早く進む。紅は、健脚なほうと自分では思っていたが、道が悪いのも手伝って、付いていくのに息が切れるのを隠さねばならない程であった。
奴隷商人たちは母屋に、捕らわれた人々は二つの小屋に押し込められている。
闇に紛れて、小屋に近づいた。
あと少し、というところで、
(!)
背後に気配を感じた。
とっさに斬りつけた。
相手も心得ていて、飛び退った。
小声で叫んだ。
「畜生、やると思ったぜ!おいっ、俺だ!」
「糸文字!」
小太郎だった。
「オマエっ、ほんっとに人間凶器だな!見境ってもんが無い!」
「わあ、良かったぁ、生きてたのね!」
喜んで抱きついた。
「お前ってば、女じゃない!だからいつまでたっても独り身なんだ!お前のこと、好きになる男がいたら、面ぁ見てみたい!」
まだぶつくさ言っていた。
小太郎は、隠れている仲間のところへ、紅たちを連れて行った。
秀吉の家来三人とレヴロン。
運よく嵐を切り抜けた者たちは其々、海岸に流れ着いたところを、待ち構えていた奴隷商人たちに一網打尽にされてしまった。
「この沖合い、どうも難所らしくって、よく難破船が流れ着くんだそうだ。連中が話していた。」
レヴロンが言った。
小太郎たちは、少し離れたところに流れ着いたので助かったのだそうだ。
「猿若は、羽柴さまが捕まったとき、一緒に捕まった。おそらくわざと、だろう。」
猫と伊之助、兎丸も、そのとき捕まってしまった。
「他の連中は?」
「さあ……。」
助左は、未だ行方のわからない乗組員の安否を気遣って、暗い顔をした。
船を失い、優秀な乗組員もおそらく、殆ど失った。菜屋としては大損害だ。
でも彼の顔を見ると、そこには純粋な悲しみしか無くて、ただ、仲間を失ったことのみ悼んでいるのだろうと思われた。
皆を、武器の入った箱が隠してある場所に案内した。
秀吉の家臣たちは皆、まだ少年と言っていい年齢だが、戦いに臨んで、意気軒高だ。
「俺が一番鑓だ!大将首も俺の物ぞ!」
腕っ節が自慢らしい大柄な少年が、槍を手に取って言った。
「市松、ぬしの武勇を披露する場では無い。殿とお方さまを無事に救出するための戦ぞ。又、考え無しに、功を焦って飛び出すでないぞ。」
一番年嵩のようだが、痩せて華奢で、やや大きめの才槌頭の少年がたしなめた。
が、市松と呼ばれた少年は、かちんときたらしい。
「何をつべこべと偉そうに。佐吉、ぬしの指図は受けぬ。」
「私のみならず、誰の言うことも聞かぬから申しておるのだ。」
「わしは、何処の馬の骨だかわからぬようなぬしとは違う。」
市松は気色ばんだ。
「わしも虎之助も、殿の母君の縁者よ。一族の身を案ずるのは当然のこと。何処ぞの寺で茶坊主をしていたような奴とは、身の上が違うわい。」
「茶坊主でも」
佐吉と呼ばれた少年は平然と言った。
「ただ、悪口と腕力だけが自慢の誰かよりましよ。私は別の物を使うとる。」
自分の頭を指差した。
「ぬしら、一刻を争うときに、何をつまらぬことで言い争うておる。」
又か、と、うんざりした様子で、もう一人の少年、背が高く、しなやかな体つきの虎之助が言った。
「この度は、菜屋の方々 も捕まっている。」
助左のほうを向いて言った。
「御意見を伺おう。」
協議がなされた。
相談が纏まり、其々、武器を手に、小屋へ近づいた。
途中、紅は顔に泥を薄く塗り、髪をわざとぼさぼさにした。懐には藤四郎を忍ばせ、片手には銃を持ち、腰には火縄を下げ、いつでも撃てる状態にしてある。
助左・レヴロンと佐吉、紅・小太郎と市松・虎之助、二手に分かれた。