第88話 競り
女が驚いているのを見て、又、笑った。
自分を嘲笑っているようだった。
「主人の権限を使って、お前に言うことを聞かせようとしてるわけじゃねえ。俺が勝手にお前のこと、想っているだけだ。」
何て言ったらいいかわからなかった。
「随分と困らせちまったみたいだな。いいんだ。ただ、自分の気持ちを伝えたかっただけだ。忘れてくれ。」
視線を広場に戻した。
「全員が捕まっちまったわけじゃなさそうだ。生きてて、逃げたんだったらいいんだが。おっ!」
身を乗り出した。
「驚いたな、仲間も競りに掛けちまってるぞ。」
濃い茶色い髪に茶色の目をした南蛮人が引き出されてきた。
「後生を知らねえ連中だ。本国にバレりゃ、地獄行きは免れないというのに。」
「地獄行き?」
「人身売買は、奴らの宗教で禁止されているんだ。」
広場から目を離さずに、言った。
「でもいい儲けになるから、やる者は後を絶たねえ。航海から戻った後は、地元の教会に駆け込んで後生を祈る。教会の方はというと、本国からの援助が雀の涙ほどなんで、自力で生計を立てなきゃなんねえ。後ろめたい商売をやってる連中ほど、金離れがいい。どっさり寄付をしてくれるお客さまを、大事にしねえわけにいかねえだろ?かくして汚い金は、清浄な教会に寄付されて、綺麗な金に早代わりってぇわけさ。それにしても身内を売るたぁ、世も末な連中だな。たぶん、凶状持ちだ。」
更に様子を探った。
村にいるのは全部で、三十名ほど。
見張りは一応、立てているが、ここまで司直の手が伸びることは無いらしく、弛緩しきっている。
「もう少し人数がいりゃ、殺さずに捕まえて、役所に突き出すことも出来るんだが。」
助左が言った。
「しやあねえ。殺し合いになっちまう。」
「あたしのこと、心配して下さってるなら」
余計なお世話だ。
「御無用ですから。」
助左が舌打ちした。
「可愛くねえ女だな。」
(起きていると)
紅は思った。
(やっぱりこうなっちゃう)
昨夜のことが夢のようだ。
彼の腕に抱かれて眠るなんてこと、二度と起きない。
あたしと彼の道は、永遠に交わらない。