第87話 人買いの浜
船から降りた連中は、縄で一繋ぎになった人々を急きたてながら、出迎えた者たちと共に森を進んでいく。
暫く進むと、森が切れて又、浜辺に出た。
波が穏やかなので、どうやら内海のようだった。
そこに、建物が幾つかと広場があった。
村、というには殺風景で、普通の村なら居そうな、子供や動物の姿も見当たらない。
助左が紅の肩をつつき、引っ立てられている人々を指した。
(於寧さま、鞠さま!)
俯いて歩いている二人の姿を見て、ああ、とりあえず生きている、良かった、と思った。
捕らわれた人々は、二つの小屋に入れられてしまった。
南蛮人たちは、広場で酒盛りをしている。笑ったりしゃべったり、御馳走も運ばれてきて、皆、いい機嫌だ。
そのうち奴隷たちが、広場の前に儲けられた舞台の上に一人一人、引き出されてきた。
様々な人種の人々がいる。
肌の茶色い人、黒い人、東洋人も混じっている。
商人たちは、指を何本かせわしなく突き出して、どうやら競りをしているらしい。調子よく競り落としていく。落札が決まると笑ったり手を叩いたり、握手して終わる。競り落とされた奴隷たちは分けられて又、小屋に追い立てられていく。
そのうち、寧々が引き出されてきた。
色白で豊満な美人の寧々は、異国人から見ても魅力的らしく、皆、目の色を変えて熱心に競っている。
競りは白熱したが、とうとう落札された。
寧々が小屋に連れて行かれようとすると、
「おいっ、嬶殿、嬶殿!」
叫んでいる。
秀吉が引き出されてきたのだ。
大暴れしているが、悲しいかな、非力で詮無い。
そのうち寧々は、引っ立てられて行ってしまった。
一人残された秀吉は、南蛮人たちに、いい笑いものにされている。言葉はわからないが、馬鹿にされているのはわかるらしく、秀吉はかんかんだが、如何せん、どうにもし難い。
「何を言っているのかしら。」
紅が囁くと、
「『こんな小さくて力の無い者は、何の役にもたたないだろう』って嘲っているのさ。」
助左が言った。
「奥方のほうが、十倍はいい値段で売れたぞ。」
「へえ。」
ちょっと見直した。
「わかるんですか?」
「俺、○○○に、大陸にずっと暮らしていたんだ。親父が○○○だったから。」
「?」
「明に天川という街がある。親父はItalianoだった。」
彼が自分の知らない言葉をあやつっているのが不思議だった。
「そういや」
助左は紅の顔をまじまじ見た。
「お前も、俺の風体を見ても全然、違和感ねえみたいだよな。」
「あたしは越後の出ですから。坊ちゃまみたいな髪や肌を持つ人たちがよく、毛皮なんかを売りに来てました。」
「そっか。」
ふっと笑った。
「他人にじろじろ見られるのが嫌でよ。天川でも、こんな髪や肌の色の人間は珍しかったから。日本じゃ尚更だしよ。いっつも宙ぶらりんな気分だった。」
助左は、視線を奴隷の競りに戻した。
「子供の頃はよくいじめられた。この髪や肌のせいで。」
お天気の話でもするかのように言った。
「えっ?こんなに綺麗なのに?」
「へっ」
鼻で笑った。
「有難よ。」
「ほんとにそう思ってますから。」
お世辞だと思われたのだ、と感じた。
「坊ちゃまのこと、素敵だって思ってます。」
言えば言うほど、嘘っぽく聞こえてしまう。
焦った。
「お前が俺のこと、煙ったく思ってるのは、わかってる。」
「……。」
ふっと笑った。
「奴隷たちを解放する際、戦いにならざるを得ねえだろう。お前は又、飛び出して行って、怪我するかもしれねえ。」
「御心配有難うございます、でも」
言い募ろうとする紅を制して、
「俺が死んじまうかもしれねえし。もしそうなったとき、やっぱり言っときゃ良かったとか思うのは嫌なんだ。今回に限らず、この稼業、命が幾つあっても足りねえんだ。だから、俺は、刹那を生きている。」
紅を見た。
「俺、お前が好きだ。」