↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火の如く 風の如く   火の章  作者: 羽曳野 水響
83/168

第81話 嵐

     挿絵(By みてみん)



 だが残念ながら風雨《ふうう》はひどくなる一方《いっぽう》で、船はどうやら嵐《あらし》の真《ま》ん中《なか》に突入《とつにゅう》したようであった。

 船は波に翻弄《ほんろう》された。

 波の山の天辺《てっぺん》に登っては谷底へ突《つ》き落とされ、又、天辺に駆《か》け上《のぼ》り、落ちていった。

 雷鳴《らいめい》が轟《とどろ》き、稲光《いなびかり》が空を切り裂《さ》いて渡っていく。

 叩《たた》きつけるような雨に、伸ばした手の先さえ朧《おぼろ》に見える。

 もう船酔《ふなよ》いなどしている余裕《よゆう》は無かった。

 屋形《やかた》{船室《せんしつ》}は水浸《みずびた》しになり、合羽に上がらざるを得《え》なかった。

 船を安定させるため、とうとう帆柱《ほばしら》は切り倒されてしまった。今は細い方の弥帆《やほ》柱《ばしら》{舳先《へさき》に近い二番目に太い柱}だけが、虚空《こくう》に心細《こころぼそ》く突《つ》っ立っている。

 紅は独《ひと》り、垣立《かきたつ》にしがみついて座り込んでいた。さっきまで小太郎や猿若、秀吉主従と一緒だったのだが、逸《はぐ》れてしまった。

 堺じゃい(・)っ(・)ぱ(・)し(・)女将さんと気取《きど》っていられても、船の上では積荷《つみに》以上に役に立たない。殺気《さっき》だって慌《あわただ》しく走り回っている乗組員の邪魔《じゃま》にならないように、物陰《ものかげ》でただ大人《おとな》しく控《ひか》えている以外なかった。

 時々、幻《まぼろし》のように人影《ひとかげ》が現れて懸命《けんめい》に船を救うために働いては消えていくのを、目だけで追っていた。その目も叩きつける風雨で霞《かす》み、手は痺《しび》れて今にも波に浚《さら》われそうだ。

 誰かが、自分の方《ほう》に近づいてくるのが目に入った。

(坊ちゃま……)

 彼も今日は、長い髪を一《ひと》まとめに括《くく》り、袴《はかま》を履《は》いている。肩には一巻《ひとまき》の縄《なわ》を担《かつ》いでいた。

 彼女の手を引っ張《ぱ》って立たせると、前《まえ》合羽《がっぱ》に連れて行った。弥帆《やほ》柱《ばしら》に手を回させると、縄でぐるぐる巻いて彼女の身体を縛《しば》り付けた。

 そのまま何も言わず去っていこうとするので、思わず腕を掴《つか》んだ。

 彼は大声で、

「しっかり摑《つか》まっていろ!」

と言うと、行ってしまった。

 独り残されて、不安で胸が押しつぶされそうになった。

 気が付《つ》くと、足元《あしもと》の床《ゆか》にぴ(・)し(・)ぴ(・)し(・)と亀裂《きれつ》が入っていく。

(沈むんじゃないか、この船)

 初めて気づいた。

 彼を、か細《ぼそ》い声で呼んだ。

 戻ってきて欲しかった。

 だが誰も来なかった。

 和船は、形としては丸木《まるき》舟《ぶね》と同じである。

 洋船、中国船が竜骨《りゅうこつ》・肋材《ろくざい》で骨組《ほねぐ》みを作り、隔壁《かくへき》で浸水《しんすい》に備えていたのに比べ、和船は積載量《せきさいりょう》重視《じゅうし》だったのである。

 合羽は板を嵌《は》め込み、並べただけの構造である。大波を食《く》らって、ひとたまりもなかった。

 突然、足元が波に砕《くだ》けて無くなった。

 渦《うず》に巻かれ、暗黒《あんこく》に吸《す》い込《こ》まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。