表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火の如く 風の如く   火の章  作者: 羽曳野 水響
79/168

第77話 航海

 船に乗ることが、こんなにつらいものだったとは。

 越後から京にのぼるときも舟に乗ったけれど、季節の良いときだったし、度々(たびたび)舟をえながら進んだので、一艘いっそう一艘いっそうに乗っている時間は短かった、でもこの船は、一日中、どころか、何日も乗っているから。

(死ぬ)

 武衛陣以来、最大の危機。

 冗談じょうだんじゃなく、思った。

 それでも紅は、しばらくすると身体が慣れて、起き上がって動き回れるようになっただけ、まだましだった。小太郎も秀吉主従(しゅじゅう)も、とこから出ることが出来なかった。平気なのは猿若だけで、皆の世話を鼻歌はなうたじりにやっていた。

 助左にさぞ馬鹿ばかにされるだろう、と思ったが、

「天気が悪いときはこんなもんじゃねえ。」

 と言っただけだった。

 紅は身着みきのまま船に乗ってしまったので、助左は自分の予備の着物を、たけめて着ろ、と言ってれた。裁縫さいほうが不自由な紅がはりを片手に悪戦あくせん苦闘くとうしていると、あきれたような顔をして見ていたが、しまいには我慢がまん出来できなくなったらしく、着物をうばい取ると器用きように直して、渡してくれた。

 小太郎や猿若、秀吉主従など突然増えた居候いそうろうたちにも気をくばってくれた。

 正直しょうじき、彼に対していい感情を抱いているとはいえない紅にとっては、驚きの連続だった。

 実際、船に乗っているときの彼は、蓬莱屋で()()()()していた彼とは全く別人べつじんのようだった。

 紅が意外いがいに思っていることを敏感びんかんに感じ取っているらしく、

「たりめぇだろ。こっちはこれが商売なんでぇ。」

 彼の配下はいかの者たちも、陸に居るときはそのへんのチンピラのようにしか見えなかったが、船に乗っているときは彼の指揮しきもと統一とういつも取れてよく動いた。

 助左の船は、名を『明神丸みょうじんまる』という。

 乗組員は十人、全長三十メートル、幅七・五メートル、積載せきさい重量百五十トンほどの、小型の千石船せんごくぶねである。前方に鉄錨かないかりを巻いた轆轤ろくろを置き、その後ろにやや小さめの弥帆やほばしらが立ち、船の中央に立つ主柱に本帆を張り、後方にとも屋形やかたが立っている。

 助左が船頭せんどう{船長のこと。この時代、船主ふなぬしを兼ねた楫取かじとり[航海長]のことをした}で、まかない積荷つみにの売買}も見ていた。親仁おやじ{水夫長}は例の大男の黒人である。片表かたおもて{副航海長}は、あの猫だった。

 六十近くになってもひら水主かこという者も決して珍しくはなかった。年功ねんこう序列じょれつの通用しない、完全な実力主義の世界である。

 船頭や三役さんやく{楫取・親仁・賄}は普通四・五十代の者が多いので、まだ二十代の助左が、朝鮮ちょうせんにも船を出していた大店おおだなの主人ににんじられていたというのは驚異的きょういてきですらあった。

 ついでに言うと、給料も悪くなかった。

 江戸時代の檜垣ひがきたる廻船かいせんの乗組員の年収は、船頭で三十両、三役で十五両、平水主でも十二両というところであった。

 危険で大変な仕事はあるが、見返りはあったと思われる。

 新しく船に乗った者のうち、一番早く船酔ふなよいから回復した紅は、本来ほんらい乗組員でない為、一日中何もやることが無かった。

 皆、

「女将さんはお客さんなんですから、じっとしてて下さい。」

と言うのだが、陸も見えず、海原うなばらながめる以外無い生活は、手持ても無沙汰ぶさた退屈たいくつだった。



     挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ