第59話 助宗
『助宗』は俺を裏切らない。
一文字助宗。
刀身は刃長二尺五寸五分{七十七・二センチ}、腰反りの強い優美な姿、鎌倉初期頃の作風を良く表す、後鳥羽院番鍛冶の一人である備前古一文字派助宗の代表作である。
備前{岡山県南東部}地方は、刀剣製作の上で、木炭として使用する良質の赤松の林が多かったこと、又、水質が良好で、中国地方の鉄産地に近かったこともあり、古くから鍛刀が盛んであった。
助宗もその一人で、新陰流と並んで近世の剣術界を殆ど二分した一刀流の開祖・伊藤一刀斎の愛刀で、賊を瓶ごと真っ二つに切り割ったことから『瓶割刀』と名づけられた名刀・大一文字も彼の作である。
太刀は振るうのには長すぎるから、よその家の武将は大抵、磨上げてしまうけど、当家では主の意向もあって、備前刀に於いては特に、地刃健全な在銘の太刀身を多く有している。
当主は小柄なほうで、こんな長い太刀を振るうのは背の高い他家の武将でも大変なのに、
「太刀を身体に合わせるのではない、自身を太刀に合わせるのだ。」
とおっしゃって、鍛錬を積み、自分の身長の半分以上の太刀を軽々と振る。
血筋のせいか、自分も主に似てそう背の高いほうではないが、遅れを取ることがあろうか。
かくして助宗は彼の愛刀となり、彼の一番身近で主の身を守ってくれている。
彼の身は無事だが、助宗自身は研ぎ減って、切っ先などはかなり刃が近い。
今日も助宗は、確かに彼の身を守ってくれた。でも自身の鞘にまでは、守りが及ばなかったらしい。
いつものことながら大将の一人である彼も、乱戦の中、刀を抜いて戦っていた。
あっと思ったときには敵の槍が届いていて、咄嗟に腰を捻って避けた。鞘の栗型に、小さな緑の珠を紐で結わえたものを通していたのだが、槍の穂先がその紐を断ち切ったので、珠は宙を舞って、何処かに飛んでいってしまった。
とっさに槍の柄を掴むと、するすると手繰り寄せ、つんのめる相手に助宗を突き刺した。
血煙をあげて倒れた。
次に掛かってきた相手と剣を交えながら、気もそぞろに目は地面を彷徨ったが、勿論、珠が何処に行ったかなんてわかるわけがない。
その日は一端、退くこととなり、珠が落ちたところは敵の陣地になってしまった。
「自分でも馬鹿だと思うが」
近習の一人に事情を打ち明けた。
「暗くなったら、戻って珠を探したい。」
馬鹿、どころか、バレたら、自分勝手な行動をした罪で、切腹は免れないのではないか。
止められるかと思ったが。
「それは大変です。私もご一緒に探します。」
「そうか。そちならそう言ってくれると信じていた。」
主従は夜陰に紛れて自軍を忍び出た。
昼間、珠を失くした辺りにたどり着いた。
幸い陣の中ではないが、敵が置き楯を並べて防御しているすぐ外側だ。
暗いが灯を点ける事は出来ない。
敵が焚いている松明を頼りに、地面に這い蹲って、珠を探し始めた。
何とも間が抜けている様だが、探している彼らとしては命がけ、必死である。
時々見回りの隊が通りかかったが、物陰に隠れてやり過ごした。
時間はどんどんたっていく。
春分を過ぎて夜も短くなってきた。
東の空の底が白くなってきている。
(もう駄目だ。諦めよう)
近習に声を掛けようとした、その時。
「あった!」
脇目も振らず、熱心に探していた近習が、小声で叫んだ。
ついに執念が実ったのである。
地面を掴み、主人の目の前に持ってくると、握った拳を開いた。
緑の珠がそこにある。
射してきた今日の太陽の最初の光線を浴びて、鈍く光っている。
顔を見合わせ、声を出さずに笑った。
と、その背後から、
「誰だっ、貴様らっ!」
声が掛かった。
向こうのほうから見回りの一隊が駆け寄ってくる。
多勢に無勢だ。
今日は戦略的退却の策を取ることにした。
森の中に隠してあった馬に其々またがった。
一鞭くれて駆け出した。